リッキー・ファウラー1610日ぶりの復活優勝 夫を見守り続けた妻アリソンの忘れられない姿

4年以上に及ぶ長いスランプを経て、ロケットモーゲージクラシックで復活優勝を遂げたリッキー・ファウラー(rickie fowler)。その傍らには、愛娘マヤちゃんとともに夫を祝福する妻アリソンがいた。ゴルフジャーナリストの舩越園子氏は結婚前の彼女とロープ際を歩き、いろんな話をした経験から、華やかな見た目とは裏腹に、控えめで細やかな気遣いのできる女性だったと振り返る。

ラームの妻も交え、3人で歩きながら話をした

 PGAツアーのロケットモーゲージクラシックで復活優勝を飾ったリッキー・ファウラー。デトロイトGCの18番グリーンの奥で愛娘のマヤちゃんを抱き上げ、愛妻アリソンと熱いキスを交わす姿を眺めながら、かつてアリソンと一緒に歩きながらたくさんの話をした日々を私は懐かしく思い出していた。

ロケットモーゲージクラシックで優勝を決めた後、愛娘マヤちゃんを抱くリッキー・ファウラーと妻アリソン 写真:Getty Images
ロケットモーゲージクラシックで優勝を決めた後、愛娘マヤちゃんを抱くリッキー・ファウラーと妻アリソン 写真:Getty Images

 そう、その昔、私はアリソンと暑い日も寒い日も、よく一緒にロープ際を歩き、会話を交わし合った。いや、正確に言えば、そこにはもう1人、ジョン・ラームの愛妻ケリーも一緒にいることが多かった。

 こんな言い方をすると、ずいぶん突飛な話を唐突に始めるものだと戸惑われてしまうかもしれないので、まずは、当時の状況を少し説明させていただきたいと思う。

「当時」とは、松山英樹が2013年からPGAツアーへの挑戦を開始し、そのあとを追いかけるようにラームがツアーデビューを果たし、すぐさま初優勝を遂げた16年ごろの話だ。

 どこの何という大会だったのかは、さすがに覚えていないのだが、ある日、ある試合会場のコース上の関係者用の仮設トイレで、私は1人の白人女性とばったり出くわした。

 空いていたトイレは1つしかなかったので、お互いに「お先にどうぞ」と譲り合ったりして、そのあとコース上に戻ると、さっきトイレで遭遇した女性が、またしてもそこにいた。その日は、松山とラームが同組で回っていた予選ラウンドの日だった。

「あ、さっきの?」

 お互い笑いながら近寄り合うと、彼女は「私はケリー。ジョン・ラームのフィアンセです」と自己紹介し、私に「アナタはヒデキの(何)?」と尋ねてきた。

「私はヒデキの……フィアンセではもちろんなくて、彼を取材しているメディアです」

 そう答えると、ケリーは「オー!」と、どこか曖昧でよく分からない反応を示したが、ともあれ、それからは松山とラームが同組になるたびに、私はケリーと一緒に歩いて彼らのゴルフを眺めるようになった。

 どうしてだか、ちょうどそのころから、松山、ラーム、ファウラーの3人が同組になる機会が不思議なほど増えていった。

 そして、ある朝。私が1番ティーの近くへ行くと、そこに先に来ていたケリーが「ソノコ、アリソンを知っている?」と尋ねてきた。

「アリソンって、リッキーのフィアンセのアリソンのこと? 名前と存在はもちろん知っているけど、ごあいさつしたことは一度もないわ」

 そう答えると、ケリーはアリソンを連れてきて、私に紹介してくれた。それからは、ケリー、アリソンと私が3人で一緒に歩くようになった。

ファウラーが悔しいときに見せた接し方の違い

 ケリーは元槍投げの選手で、アリソンも元陸上選手。だから2人はとても気が合う様子だったが、それぞれの雰囲気はむしろ対照的だった。

 ケリーは明るく陽気で饒舌で、あけっぴろげな人柄だったが、アリソンは物静かで、会話の中では「聞き役」になることが多かった。

 たとえば、ケリーが「ゴルフの調子が悪かった日は、ジョンはしばらく部屋にこもって出てこなくなっちゃう」などと明かすと、アリソンも「イエス、イエス。試合のあとは、いろいろ大変よね」と、相槌を打っていた。

 私は彼女たちのように選手のフィアンセでも家族でもなく、単なる取材者の1人だったが、ケリーもアリソンも私のことを、メディアというよりは「選手に近い人」「いつも選手を眺め続ける女性どうし」という具合に見てくれて、だから親しくしてくれているのだと私は感じていた。

 とはいえ、アリソンがファウラーの試合会場以外での様子を私たちの前で明かしたことは一度もなかったように思う。しかし、ファウラーの「大事な場面」にアリソンの姿がなかったことも、一度もなかった。

 ファウラーが勝利したときにアリソンがいたことは、ある意味、当たり前だったせいか、私の記憶には、そのときの様子はあまり残されてはいない。

 だが、ファウラーが惜敗したとき、悔しい崩れ方をしたときは、アリソンがファウラーへの対応の仕方を微妙に変えていることに気が付いた。

 ときには、ファウラーのプレーが終わるのをせっかく待っていたというのに、彼女は18番グリーンの奥から黙って離れ、1人で先にクラブハウスへ引き上げていった。

 だが、ときには、ファウラーが最後のパットを沈めるまでグリーン際で黙って待っていた。またあるときには、ファウラーが大勢のファンの最後の1人までサインをし終えるのをじっと傍らで待ち、ファウラーの目が「全部終わったよ。帰ろう」と言っているのを確認すると、アリソンは黙って彼の手を握り、2人で静かに去っていった。

 アリソンはスラリとしたモデルのような体型で、何を着ても着映えのする美女なので、一見、派手な女性に見えるかもしれない。だが、私が一緒に歩いたときの彼女は、多くの場合、レギンス姿のような軽装で、気取らず飾らない素朴な人柄だった。

 そんな彼女は、「誰かのために勝ちたい」と願う優しく謙虚なファウラーのプロゴルファーとしての理想像を心から理解し、賛同し、彼を静かに支える人なのだろうと感じられていた。

「いつか必ず復活できる日が来ると僕は信じていた」

 ファウラーがアリソンと結婚し、フロリダ州内に新居を構え、昨年、長女マヤちゃんが生まれたことを知ったときは、親しい友達が母親になったことを知らされたときとよく似た感情を覚え、私もとてもうれしくなった。

 しかし、そんな朗報と反比例するかのように、ファウラーのゴルフはどんどん不調に陥っていった。

「いつか必ず復活できる日が来ると僕は信じていた」

 ファウラーはそう振り返っていたが、私生活の幸福とは正反対に、スランプという名の泥沼へ落ちていく不安や焦りを、PGAツアー選手である彼が感じなかったはずはない。

 スイングを変え、キャディーを変え、コーチも変えたファウラーは、傍から見ても苦しそうだった。

 メジャー大会では何度も惜敗を繰り返してきたファウラーだが、ここ数年はメジャー初優勝どころか、メジャー大会への出場資格すら失い、マスターズでも全米オープンでもオレンジ色のファウラーの姿は見られなくなっていた。

 そんな日々の中、アリソンはどんなふうに夫を支え、励ましていたのだろうか。

 かつてファウラーがどんなふうに負けたか、どんなふうに勝利を逃したかを見極め、そのときどきの状況に合わせて、彼を18番グリーンで出迎えたり出迎えなかったり、声をかけたり無言で待っていたり。

 そうやって細やかな気遣いでファウラーを支えていたアリソンだからこそ、ファウラーがスランプに陥っていた4年4カ月21日を、彼と一緒に乗り越えることができたのではないだろうか。

「結婚して子どもが生まれたら、僕のゴルフが不調になったことは、なんともいえないミスマッチだった」

 ロケットモーゲージクラシックで1610日ぶりの復活優勝を遂げたファウラーが、しみじみそう振り返ったとき、彼の言葉の行間には「でも、僕にはアリソンがいてくれたから耐えられた。前進できた」という意味合いが込められていたのだと思う。

 アリソンは、もう私のことは忘れてしまっているだろう。しかし、私は彼女と一緒にロープ際を歩いた日々のことを忘れることはない。そして、ひっそりとファウラーを見守っていた彼女の存在があったこと、今もそこに彼女がいることは、ファウラーにとって最高の幸運なのだと、自信を持って言い切る。
 
文・舩越園子
ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学客員教授。東京都出身。百貨店、広告代理店に勤務後、1989年にフリーライターとして独立。1993年に渡米。在米ゴルフジャーナリストとして25年間、現地で取材を続け、日本の数多くのメディアから記事やコラムを発信し続けてきた。2019年から拠点を日本へ移し、執筆活動のほか、講演やTV・ラジオにも活躍の場を広げている。

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