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実は“盤石ではなかった”シェフラーのマスターズ2勝目 “何が何でもボスを勝たせる”名キャディーの焦り
通算11アンダー、2位に4打差をつけて今年のマスターズに勝利したスコッティ・シェフラー。しかし、最終日は決して出だしから盤石だったわけではなく、名キャディー、テッド・スコットは内心焦りを感じていたという。
マスターズでバッバとも2勝を挙げた名キャディー
今年のマスターズを制覇したのは、27歳の米国人選手、スコッティ・シェフラーだった。
世界ランキング1位の王座に君臨しているシェフラーは、今季すでにアーノルド・パーマー招待とプレーヤーズ選手権で勝利を挙げて2週連続優勝を達成したばかりだった。
2022年マスターズを制し、オーガスタナショナルで勝つことをすでに経験していたシェフラーが、今年のマスターズを絶好調の状態で迎え、そして2位に4打差を付けて圧勝したことは、ある意味、予想通りだったと言えるのかもしれない。
マスターズ2勝は史上18人目。世界ランキング1位の立場でグリーンジャケットを羽織ったのは史上わずか5人目。シェフラーの勝利は、言うまでもなく偉業である。
しかし、その偉業は突然達成されたわけではない。これまで歴史に刻まれてきた一つ一つの出来事が積み重ねられた末に、偶然あるいは必然的に生み出されたものだ。
サンデーアフタヌーンが暮れ行く中、グリーンジャケットを羽織り、満足そうに微笑んでいたシェフラーを眺めながら、そんなことを考えていた。
歴史に刻まれてきた一つ一つの出来事を振り返ってみると、その中には、たとえば「こんな出来事」があった。
近年、マスターズで2勝を挙げた選手と言えば、バッバ・ワトソンの2度の勝利が記憶に新しい。だが、もしもワトソンが12年と14年にマスターズで勝利を挙げていなかったら、シェフラーのマスターズ2勝も、もしかしたら達成されていなかったのかもしれないと思う。
さらに歴史を遡れば、かつてのワトソンの相棒キャディーが、もしもテッド・スコットではなかったとしたら、ワトソンのマスターズ2勝は達成されていなかったのかもしれない。
そして、ワトソンから離れた名キャディーのスコットが、その後に、もしもシェフラーのキャディーになっていなかったら、シェフラーの22年のマスターズ初優勝も今年のマスターズ2勝目も、もしかしたら実現されてはいなかったのかもしれないと思う。
歴史に刻まれ、もはや過去となっている一つ一つの出来事。そのどれか一つでも欠けていたら、もしかしたら歴史はまったく異なるものになっていたのかもしれない。
そう思えば思うほど、シェフラーを傍らで支えてきた相棒キャディー、スコットの存在感が、とても大きく重く、そしてありがたく感じられてならない。
三顧の礼でスコットを迎えたシェフラー
かつてワトソンとスコットは、マスターズ2勝を含む通算10勝を2人で挙げた名コンビだった。
しかし、2021年の夏ごろから、ワトソンは手首を痛め、戦線離脱気味になった。するとスコットは「僕はあと10年、ツアーキャディーとして頑張りたい」とワトソンに告げた。それは、半ば引退のような状況だったワトソンに「お暇をいただきたい」と申し出たことを意味していた。
同年9月、名コンビはついに解消され、新たなボスが見つかるまでの間、スコットは暫定的に地元のオハイオ州でゴルフスクールを開設し、人々にレッスンを行っていた。
その噂を聞き付け、「僕のバッグを担いでほしい」とスコットに願い出たのが、当時PGAツアーにデビューしたばかりだった新人シェフラーだった。
22年シーズンが始まり、スコットがキャディーを務め始めると、途端にシェフラーは勝利を挙げ始めた。
「突然、フェニックスオープン、マッチプレー、ベイヒル(A・パーマー招待)で勝って、僕も妻のメレディスも人生が急激に変化して、とてもエモーショナルな状態で、あの年のオーガスタにやってきたんだ」
その通り、2年前のシェフラーは、マスターズ初制覇をかけて戦う緊張とプレッシャーに押しつぶされそうになっていた。最終日の前夜には食べたばかりの夕食を吐き出し、最終日の朝は「僕には戦う準備ができていない」と言いながら、愛妻メレディスの胸の中で泣いたと明かした。
「すべては神の定め」「勝っても負けてもアナタはアナタ」と励まされたシェフラーは、なんとかオーガスタナショナルにやってきて1番ティーに立った。それでも彼は震えていたという。
そんなシェフラーの背中を優しく押しながら「大丈夫。いつも通りのゴルフをすれば勝てる」と耳元で囁き、マスターズ初勝利へと導いたのが、スコットだった。
「ボスの小さなミスは、すべて自分の大きなミスだ」
今年のマスターズには愛妻メレディスの姿がなかった。初産を控えているメレディスは、テキサスの自宅でテレビ観戦をしながら夫を応援していた。
最愛の妻が試合会場に来ていないことは「とても久しぶりで、とても変な感じだ」とシェフラーは違和感を覚えていた様子だったが、そんなふうに少々気弱で淋しがり屋のボスを、あらゆる面でサポートしていたのがスコットだった。
その昔、ワトソンの相棒キャディーだった頃のスコットは「マスターズまでの6カ月スケジュール」を作成。その中には、ワトソンが信頼していた教会の牧師と数日間をともに過ごすことでメンタル面の改善を図るというメニューまで含まれていた。
そうやってスコットは、自分のボスを何が何でも勝たせる方法を考え出しては実行する「メジャー優勝請け合い人」として知られており、それは昔も今も変わっていない。
2年前のマスターズでは、スコットはシェフラーの震える肩を抱き、心を落ち着かせることにひたすら専念していた。
今年のマスターズ最終日は、メンタル面のサポートはもちろんのこと、難解なグリーンをどう捉えるか、いや「どうやって捉えさせるか」にスコットは秘かに苦しんでいた。
というのも、シェフラーは出だしの4ホールでパーオンを逃した。3番でバーディーを先行させたものの、グリーン周りから直接カップインさせてのものであり、パー3の4番ではティーショットがグリーン奥にこぼれてボギーを喫した。
「キャディーとしての僕のアシストが悪かったせいで、グリーンをきっちり捉えさせることができなかった」
スコットは内心焦りを感じながらも、必死に冷静を装いながら距離を読み、風を読み、シェフラーに助言を続けた。
5番でシェフラーがようやく第2打をピン3メートルにつけると、スコットは「ほっとした」と胸を撫で下ろした。
同じ最終組で回っていたコリン・モリカワの相棒キャディー、通称“JJ”は、そんなスコットの密かなる安堵の表情を見逃さず、「グッドジョブ、スコット!」と思わず声をかけたそうだ。
「ボスの小さなミスは、すべて自分の大きなミスだ」
ボスのショットをグリーンに運び、ボスのボールをカップに流し込み、ボスを勝利に導くことこそが、自分の役割。
強くそう信じ、そのための努力を惜しまないスコットは、キャディー仲間の間でも「キャディーの中のキャディーだ」とリスペクトされている。
そんなスコットに導かれ、シェフラーは着々とスコアを伸ばし、2位との差を4打へ広げてマスターズ2勝目を挙げた。
ウイニングパットを沈めたシェフラーは、真っ先にスコットとハグして喜び合い、表彰式でもスコットへの感謝の念を口にしていた。
ワトソン時代にマスターズ2勝。シェフラーとともに、さらにマスターズ2勝。
「いまだに信じられない……」
オーガスタナショナルの18番グリーンにはためいていた優勝フラッグを、すでに4枚も手に入れたスコットは、今は開店休業状態になっている自身のゴルフスクールの壁に、そのフラッグを飾るのだそうだ。
シェフラーを勝利に導き、スコット自身が手に入れる優勝フラッグは、これからまだまだ増えていくのではないだろうか。ゴルフスクールの壁がフラッグでいっぱいになることを、私も秘かに願っている。
文・舩越園子
ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学客員教授。東京都出身。百貨店、広告代理店に勤務後、1989年にフリーライターとして独立。1993年に渡米。在米ゴルフジャーナリストとして25年間、現地で取材を続け、日本の数多くのメディアから記事やコラムを発信し続けてきた。2019年から拠点を日本へ移し、執筆活動のほか、講演やTV・ラジオにも活躍の場を広げている。
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