コロナに両親を6日で奪われ…それでも戦うことを選んだ日本ツアー4勝のジーブ・ミルカ・シン

日本ツアーで4勝を挙げ、アジアンツアー賞金王2回、欧州ツアー2勝などの実績があるインドのレジェンド、ジーブ・ミルカ・シンが50歳を迎え、日本のシニアツアーにデビューした。しかし、彼は昨年、悲しい運命に見舞われていた。

両親ともにインドを代表するスポーツ選手だった

「今はただ両親のためだけにゴルフをしている」

 ジーブ・ミルカ・シン(インド)は、静かにそう口にした。

両親を亡くす2カ月前、昨年4月の欧州シニアツアー、MCBツアーチャンピオンシップでのシン 写真:Getty Images

 昨年12月に50歳になったシンは、2006年日本シリーズなど4勝の資格で、今年、日本のシニアツアーにデビュー。金秀シニア沖縄オープン、ノジマチャンピオンカップ箱根シニアと2試合に出場しているが、49位タイ、48位タイとまだ目立った結果を出せていない。

 アジアンツアーで2度の賞金王に輝き、欧州ツアーでも2勝。欧州vsアジアのチーム戦、ユーラシアカップで主将を務めたこともあるインドのヒーローだ。

 だが、シニアデビューを前に、悲しい経験をした。昨年の6月、6日間のうちに両親を相次いで失ったのだ。

「Covid-19(新型コロナウイルス)だった。6月13日に母が、18日には父が亡くなった。たった6日のうちに……。ちょうど、デルタ株でインドがひどい状況になっていた時だった。母は83歳、父は91歳だったけど、2人ともそれまで、ものすごく元気だったんだ」

 絞り出すようにそう口にすると、天を仰ぐ。

 父のミルカ・シンさんは、陸上200m・400mの選手で、アジア大会での優勝を何度も経験している。オリンピック出場も3度あり“ザ・フライング・シーク”のニックネームで知られ、その半生が映画にまでなったアスリートだ。

 母のネルマル・カウル・サイニさんもまた、バレーボールのインド代表選手で主将まで務めたアスリート。だが、2人ともコロナウイルスにやられてしまった。

「家に帰っても両親がいた1階が空っぽなんだ…」

「病院で両親がただ息をしていた姿が、何度も夢に出てくる」と苦しそうに語る息子は、その後約半年間、ゴルフをすることができなかった。

 世界を股にかけて戦う息子にいつも付き添い、応援してくれていた両親だった。自宅も3階建ての2世帯住宅。1階に両親が住み、上階に妻のクドラさん、息子とともにジーブが暮らしていた。遠征先でも、自宅でも、いつも一緒だった両親だけに、喪失感はとてつもなく大きい。

「家に帰っても(1階が)空っぽなんだ。それまで両親がいた部屋が空っぽ……」と絶句した。

 妻と息子は支えてくれているが、今でも両親を思って眠れない日があることを打ち明ける。「病院のシーンが浮かんで目が醒めてしまう」。

 それでも、ジーブは戦うことを選んだ。日本のシニアツアー、欧州シニアツアー、アジアンツアーと。全米プロシニア、全米シニアオープンは予選から挑む予定でいる。両親が一緒にいた時と同じように、世界を旅しながら…。

「何か足りない。欠けたピースをずっと探している」

 そこにいるはずの人がいない悲しみは、どうすることもできない。欠けたピースが埋まることは永遠にない。分かってはいても、両親から感じる温もりでそこを埋めることができるかのように、ジーブは今日もゴルフを続けている。両親に捧げる新たな勝利を求めて。

【写真】久々に日本の試合に出場したレギュラー4勝、ジーブ・ミルカ・シンの勇姿

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