ゴルフのニュース
twitter facebook youtube instagram threads tiktok
虫眼鏡
  • home
  • ツアー
  • コラム
  • ギア・グッズ
  • スコアアップ
  • ゴルフライフ
  • 話題のSNS
  • GOLFGEAR CATALOG
  • チャンネル
ゴルフのニュース
  • home
  • ツアー
  • コラム
  • ギア・グッズ
  • スコアアップ
  • ゴルフライフ
  • 話題のSNS
  • GOLFGEAR CATALOG
  • チャンネル
  • ゴルフのニュース|総合ゴルフ情報サイト
  • コラム
  • 「匠の伝統 × 革新テク」が世界へ 酒田の地から生まれる“HONMA流”クラブ開発を徹底取材<PR>
コラム

「匠の伝統 × 革新テク」が世界へ 酒田の地から生まれる“HONMA流”クラブ開発を徹底取材<PR>

2025.10.31
野中真一
PR 本間ゴルフ

〈Sponsored by 本間ゴルフ〉

開発も設計もデジタル化が進んでいるのが現代のゴルフクラブ開発です。その中で本間ゴルフは、今もなお職人の手による木型づくりを続けています。約半世紀にわたり開発の最前線に立ってきた諏訪博士さんが語るのは、匠の技と最新技術の融合によって生まれる“HONMAのモノづくり”の神髄です。

世界中のゴルファーにとって“HONMAのパーシモン”は憧れだった

 1959年に創業した本間ゴルフ(当時の社名は鶴見ゴルフセンター)は、60年以上の歴史を誇る日本の老舗ゴルフメーカーです。今回は、そんな本間ゴルフのレジェンドであり、約50年にわたり開発に携わってきた製品開発本部・顧問の諏訪博士(すわ・ひろし)氏に、昭和のパーシモン時代から令和のチタン、カーボンヘッド時代までの変化と、技術の継承について取材しました。

本間ゴルフに入社して47年となる諏訪博士氏。“HONMAのパーシモン”を手掛けた一人だ[写真:角田慎太郎]
本間ゴルフに入社して47年となる諏訪博士氏。“HONMAのパーシモン”を手掛けた一人だ[写真:角田慎太郎]

 世界中のゴルフメーカーを調べても、同じ会社で50年近く開発に携わってきた人物はそう多くはいないでしょう。

 諏訪氏が本間ゴルフに入社したのは1978年。今年(2025年)で入社47年となります。九州出身の諏訪氏はどういった経緯で本間ゴルフに入社したのでしょうか。

「私は大分県の出身なのですが、自宅の近くにゴルフ場ができて、そこでアルバイトをしていました。ゴルフ場には研修生がいて、その人が使っていたのがHONMAのクラブでした。当時は海外メーカーのパーシモンを使っている人も多かったのですが、HONMAのパーシモンは海外のものより美しかった。その美しさへの憧れが芽生えてきて、本間ゴルフでクラブを作りたいと思い、入社しました」(諏訪氏)

当時の印象的なエピソードを話す諏訪氏。世界のトッププロが自身の開発したパーシモンでツアー優勝を挙げた[写真:角田慎太郎]
当時の印象的なエピソードを話す諏訪氏。世界のトッププロが自身の開発したパーシモンでツアー優勝を挙げた[写真:角田慎太郎]

 1970・80年代はパーシモンクラブの時代であり、本間ゴルフにとっては一つの黄金期。世界中のゴルファーにとって“HONMAのパーシモン”は憧れでした。諏訪氏は当時の印象的なエピソードを教えてくれました。

「当時、ハワイに本間ゴルフの工場があったのですが、そこにはトッププロたちがよく来ていました。私のデスクには、製品化しなかったパーシモンヘッドのサンプルをペン立てにしたものがあって、米国の名選手であるリー・トレビノがそれを見て『ビューティフル! これで組んでほしい』と言ってきました。

 他のプロからも同じリクエストがあって、そのうちの一人であるアンディー・ビーンは、ペン立てがもととなったヘッドを使ってハワイアンオープン(現在のソニーオープン)で優勝したこともあります」(諏訪氏)

パーシモンの時代からメタルヘッドの時代へ

 本間ゴルフの開発・生産工場として1981年に完成したのが酒田工場(山形県酒田市)です。敷地面積は約16万3000平方メートル(約5万坪)に及び、約300人の従業員が勤務しています。敷地内には380ヤードのフィールドを持つ研究センターも併設し、国内でも屈指の規模を誇ります。そこには、創業以来、伝統の技を受け継ぐ“匠(たくみ)”と呼ばれる職人が在籍しています。

酒田工場の敷地内には最新設備を備えた研究センターがあり、奥まで整然と整備された環境が、クラブ開発の精度と品質を支えている[写真:角田慎太郎]
酒田工場の敷地内には最新設備を備えた研究センターがあり、奥まで整然と整備された環境が、クラブ開発の精度と品質を支えている[写真:角田慎太郎]

「酒田工場ができた当時は制作工程のほとんどが手作りでした。パーシモンの原木からヘッドを削り出して、匠の手によって一本一本を仕上げていく。ヘッドからシャフトを装着するまでほとんどが人間の手による手作業でした。そういう時代が約30年続きました」(諏訪氏)

 しかし、新しい時代の波が訪れます。海外メーカーが続々とメタルヘッドのドライバーを開発すると、1990年代は完全にメタルヘッドの時代になりました。当時の諏訪氏もメタルヘッドを推奨していたそうです。

「今でも鮮明に覚えているのが、ハワイアンオープンのプロアマで一緒に回ったある米国のプロのドライバーショットです。メタルヘッドのドライバーで300ヤード飛んで、しかも曲がらない。フェアウェイにしっかり止めた。これはもうパーシモンを作っている場合じゃない。すごい素材が出てきたことを日本の会社にも報告を入れました」

 それでも本間ゴルフはパーシモンにこだわり続けたようです。

「そこから本間ゴルフは10年くらい苦しみましたね。パーシモンでメタルヘッドに負けないヘッドを作ろうとして私が開発したのが『BIG-LBパーシモン』でした。当時のパーシモンのヘッド体積は230ccくらいでしたが、これは中空構造にして280ccまで大きくしました」

名器といわれた「BIG-LBパーシモン」。諏訪氏にとって集大成のパーシモンとなった[写真:角田慎太郎]
名器といわれた「BIG-LBパーシモン」。諏訪氏にとって集大成のパーシモンとなった[写真:角田慎太郎]

「メタルヘッドが流行する中でも『BIG-LBパーシモン』は高く評価されて、有名なゴルフ雑誌のクラブ・オブ・ザ・イヤーにも選ばれました」(諏訪氏)

 名器といわれた「BIG-LBパーシモン」ですが、それは諏訪氏にとっても最後に開発したパーシモンヘッドになりました。90年代後半に入ると、本間ゴルフのヘッドもメタル、チタンの時代になっていきます。

「パーシモンは人による手作業だったのが、メタル、チタンになると機械化された工業製品を作る工程になっていきました。デジタル技術を活用したCAD設計による開発も本格的に始まりました」(諏訪氏)

 ただし、時代が変わっても本間ゴルフならではの伝統工程が残されていました。諏訪氏は以下のように話します。

「本間ゴルフの開発は今でも人間が木型からマスターモデルを作るところから始めます。匠が削った木型のヘッドをCADのスペシャリストがスキャンしてデータ化していきます。アイアンも同じです。本間ゴルフには私だけでなく、パーシモン時代からクラブを作り続けてきた匠がたくさんいます。その技術は最新のクラブにも継承されています」

本間ゴルフのクラブ開発は、今でも木型のマスターモデルを作るところから始まる。 それが、見た目の“美しさ”にこだわる理由だ[写真:角田慎太郎]
本間ゴルフのクラブ開発は、今でも木型のマスターモデルを作るところから始まる。 それが、見た目の“美しさ”にこだわる理由だ[写真:角田慎太郎]

 ほとんどのメーカーはCAD設計からクラブを開発していますが、なぜ本間ゴルフは人間の手による木型から設計しているのでしょうか。

「最新の3次元 CADを使っても、コンピューター上の世界は2次元なんです。立体的なようであって、立体的ではない。匠の手によって削られた微妙な曲線をCADで作ることはできません。逆にCAD設計では重心設計のコントロールや慣性モーメントを上げることを可視化できる点でたいへん優れています。

 現在の本間ゴルフのクラブは、匠による造形美と、デジタル化されたコンピューターでヘッドに性能を吹き込んでいく両輪によってできているのです」(諏訪氏)

諏訪氏「ヘッドとシャフトは一緒に開発してこそ最高の製品ができる」

 もう一つ、本間ゴルフが他のゴルフメーカーと異なるのはシャフトを自社で開発・生産しているところです。酒田工場ではカーボンシートの裁断、マンドレルによる巻き工程、熱処理、研磨、そして本間ゴルフの伝統技術である「しごき塗装」まで行っています。

人の目で確認しつつ、人の手によって丁寧にシャフトを研磨する[写真:角田慎太郎]
人の目で確認しつつ、人の手によって丁寧にシャフトを研磨する[写真:角田慎太郎]

「ヘッドとシャフトは一緒に開発してこそ最高の製品ができます。シャフトを別の会社にお願いしてしまうとシャフトの重量誤差が生じてしまう可能性がある。どれだけ精密なヘッドを作っても、シャフトの精度が悪かったら意味はありません。酒田工場では、カーボンシャフトの生産精度が非常に高く、誤差は1グラムどころか0.5グラム以内に抑えられています」(諏訪氏)

 1973年、日本のゴルフメーカーとしてはじめてカーボンシャフトの販売をはじめたのが本間ゴルフでした。

「当時はブラックシャフトと言われていました。本間ゴルフはメタルヘッドには乗り遅れましたが、カーボンシャフトはいち早く採用しました(笑)。カーボンシャフトのノウハウには50年以上の蓄積があります」

本間ゴルフの伝統技術「しごき塗装」を行う様子。一本一本に魂を込めて製造している酒田工場の象徴ともいえる[写真:角田慎太郎]
本間ゴルフの伝統技術「しごき塗装」を行う様子。一本一本に魂を込めて製造している酒田工場の象徴ともいえる[写真:角田慎太郎]

 さらにHONMAのクラブといえば、往年の名プレーヤーからも打感が評価されましたが、その秘密は素材だけではなくメッキにあると教えてくれました。

「メッキは危険物を扱うのでなかなか許可をとるのが難しいのですが、本間ゴルフは打感にこだわっていたので酒田にメッキ工場を作りました。

 本間ゴルフでは、メッキを1層にとどめるのではなく、2層・3層構造とすることで、打感を向上させています。例えば、3層メッキの場合は『ニッケル→銅→ニッケルクロム』の順で積層することで、より優れた打感が得られます」(諏訪氏)

見た目の美しさだけでなく「機能美」にも追求

 パーシモン、メタル、チタン、カーボンという時代の変化があっても、本間ゴルフでは匠によるメイド・イン・ジャパンのモノづくりが続いています。諏訪氏が長年、本間ゴルフの開発に携わるなかで大切にしてきたことはなんなのでしょうか。

一本一本に宿る職人の魂。 酒田工場からは、“メイド・イン・ジャパン”の誇りと情熱が伝わってきた[写真:角田慎太郎]
一本一本に宿る職人の魂。 酒田工場からは、“メイド・イン・ジャパン”の誇りと情熱が伝わってきた[写真:角田慎太郎]

「美しいクラブを作るということです。形状だけではなく、機能美も含めた美しさ。そこには匠の技だけではなく、最新のCAD設計やCAE解析を使ったテクノロジーが必要になります。

 ただ美しいだけでなく機能的にも最高品質。酒田工場には、多彩な分野の開発者が在籍しています。すべての社員が“開発者”としての誇りと責任を持ち、HONMAのクラブづくりに取り組んでいます」(諏訪氏)

 美しさに憧れて本間ゴルフに入社した諏訪氏は、開発責任者、工場長を歴任しながら47年も開発に携わり、今もなお“美しいHONMA”を追い続けています。

職人の魂が宿ったクラブ 本間ゴルフの詳細はこちら

【写真】“酒田から世界へ” 本間ゴルフの魂が息づく工場の裏側を詳しくみる
ゴルフのニュース

カテゴリー

  • ツアー
  • コラム
  • ギア・グッズ
  • スコアアップ
  • ゴルフライフ
  • 話題のSNS

サービス

  • GOLFGEAR CATALOG

公式SNS

  • twitter
  • facebook
  • youtube
  • instagram
  • threads
  • tiktok
  • ゴルフのニュースについて
  • プライバシーポリシー
  • お問い合わせ
  • 運営会社

メディア・ヴァーグ運営媒体

  • VAGUE
  • くるまのニュース
  • 乗りものニュース
  • バイクのニュース
  • オトナンサー
  • マグミクス
  • LASISA
  • 旅費ガイド
  • Merkmal
Copyright © mediavague Inc. All Rights Reserved.
Copyright © mediavague Inc. All Rights Reserved.