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- キム・ハヌル電撃引退の舞台裏と“蛇口”と呼ばれた第2の人生「この瞬間を楽しめる人には勝てない」
キム・ハヌルが引退を決断した背景には、新人の“楽しむ姿”に受けた衝撃があった。笑顔の裏にあった本音と、その後“蛇口”と呼ばれるほど多忙な第2の人生を語る。
「日本が私のピーク」“賞金女王の頃より成熟したゴルフ”
日本ツアー1年目に初優勝を挙げた“スマイルクイーン”キム・ハヌルは、その後、実力と人気を兼ね備えた存在として一時代を築いた。しかし、彼女が日本で得たものは勝利の数だけではなかった。ゴルフ観の変化、ツアーの空気を明るくした振る舞い、そして突然訪れた引退の決断。後編では、日本で成熟した7年間と、その後に歩み始めた新たな人生を追う。(韓国・ソウル/キム・ミョンウ)

日本ツアー参戦1年目の2015年に初優勝を挙げたキム・ハヌルは、その後も勝ち星を重ねた。2016年に2勝、17年に3勝。さらにメジャーも制覇した。人気と実力を兼ね備え、「スマイルクイーン」と呼ばれた時代を築いた。ただ、本人にとって日本での7年間は、結果以上に「ゴルフ観が変わった時間」だったという。
韓国女子ツアーで2011、12年に2年連続賞金女王となったキム・ハヌルに「その時期が全盛期では?」と尋ねると、意外な答えが返ってきた。
「私の全盛期は“日本”なんです。韓国で賞金女王を取った時よりも、日本の16、17年が人生の絶頂期だと断言できます」
なぜなのか。賞金女王時代を否定するのではなく、当時の自分をこう整理する。
「その頃は正直、“ゴルフをよく分からないまま”勝っていたと思います。練習量と努力で押し切っていました。でも日本では、ゲームを解いてゴルフを理解し、自分のゴルフを作って回せるようになったんです」
背景には年齢的な成熟や経験値の蓄積、そして日本のコースへの適応がある。
「日本の砲台グリーン、視覚的に狭く見えるフェアウェイと林。球を上げて止める技術も必要になります。最初はコースセッティングに慣れることに苦しみましたが、そこに適応できるようにたくさん練習しました。何よりゴルフ場の練習環境がすごくいい。そこに“合わせにいった努力”が、結果的に引き出しを増やしてくれました」
16年のLPGAツアー選手権リコーカップ、17年のワールドレディスサロンパスカップとメジャーも制覇。ハヌルが「あの頃は忘れられない」と語るのも当然だ。
「日本ツアーの環境の良さ。うまくならざるを得ない」

日韓ツアーの違いとして、繰り返し挙げたのが“環境”だった。
「日本は選手の練習環境も待遇も本当にいい。日本に行くと『自分がしっかり頑張ればいい』って思えるんです」
韓国の選手がよく口にするのが、日本ツアーの環境の良さだ。
「アプローチ、バンカーと十分な練習環境が試合会場に整っていますよね。韓国も整備は進んでいますが、コース内にドライビングレンジがない会場もあったりして、まだ十分ではありません。一方で日本は整っています。環境が良いと実力も出る。日本だけでなく、アメリカもそうだと聞きますよね。海外に行くと、戻りたくなくなる気持ちは分かります」
この実感は、後輩たちの海外挑戦を見る視点にもつながる。日本の若手が米国へ向かう流れについても、「道を開く選手が必要」と語る。渋野日向子や畑岡奈紗、昨季新人賞を獲得した山下美夢有らの存在があったからこそ、「間違いなく次の世代が夢を持てた」と話した。
「カメラに手を振るのが当たり前」――“変えた”ファンサービス文化

ハヌルが日本に残したものは勝利だけではない。本人が少し照れながら「少し変えたかもしれない」と話したのが、ツアーの空気を明るくする所作だった。
「思い出すのはファイナルQTのティーイングエリアです。日本のカメラマンがずらりと並び、シャッターを切っていたのですが、ただ横切るだけもなんなので、その時、カメラに向かって手を振ったりポーズをしたりしたんです」
ラウンド後、カメラマンに驚かれたという。
「『どうしてカメラに向かって手を振れるんですか?』って聞かれたことがあって。私は『撮ってくれているんだから、あいさつするのが当然です』って答えたら、びっくりしていました(笑)」
韓国ツアーでは当たり前だったリアクション。しかし当時の日本ツアーでは、真剣勝負の場で笑顔で手を振る行為自体をよしとしない空気もあった。それでも次第に若手選手が真似をするようになり、ハートやVサインを作る姿も増えていった。
「私が引退する前には、若い選手たちも『やっていいんだ』と思ってくれた気がします。ツアー全体の雰囲気が明るくなりましたよね」
ミニスカートの着こなしや、トレードマークのリボンも含め、ツアーの“見え方”を更新した存在でもあった。引退時には河本結ら若い選手たちが声をかけ、SNSでも多くのメッセージが寄せられた。
「“アマチュアの頃、私を見てああなりたいと思った”って言ってくれた選手がたくさんいて。本当にうれしかったです。忘れられない思い出です」
「日本のファンの熱量は忘れられない」
ファンについて語ると、言葉に自然と力がこもった。
「海外の選手をあれだけ情熱を持って応援するのは簡単じゃない。日本で受けた愛情は、本当に大きかったです」
新幹線や飛行機、レンタカーで毎週のように会場へ駆けつけるファンの姿に衝撃を受けたという。引退後に訪れた会場でも「今日来ると聞いて来た」という声があった。いまもSNSには日本語のメッセージが届くことに感謝している。
引退を決めた瞬間「楽しんでいる人には勝てない」
引退を決めた理由は、成績の低下だけではなかった。ある大会で新人2人と同組になった。自分はアンダーパー、彼女たちはオーバーパー。しかし、楽しんでいるのは新人のほうだった。
「私は全然楽しくないのに、2人はすごく楽しそうにプレーしていた。そこで頭を殴られたような気がしたんです。“この瞬間を楽しめる人には勝てない”って」
慣れは武器にもなるが、情熱を削ることもある。かつてはウェアを選ぶことやリボンの色を決めることさえ楽しかった。それが、ある時期から楽しくなくなった。
「この生活が“当たり前”になって、少し退屈になったんだと思います。楽しめないなら、きれいに終えるのが正しいって」
引退試合は21年「NOBUTA GROUP マスターズGCレディース」。
「練習日から最終ホールのパットまで、すべてが“最後の動作”として愛おしかった。本当に最後だと思うと、一つ一つがすごく貴重な時間でした」
悲しさはあったが、迷いも後悔もない。
「すごくすっきりしました。『終わった!』って、すがすがしかったです」
テレビに出まくった引退後…“蛇口”と呼ばれた第2の人生

引退直後は「何をしたらいいか分からなかった」。ただ「テレビに出てみたい」という思いはあったという。コロナ禍で韓国では室内ゴルフブームが起き、ゴルフ関連番組やバラエティ番組が増えた。そこに白羽の矢が立ったのがハヌルだった。
「引退したばかりなのに、まったく休めなかった(笑)。韓国ではテレビをつけたら出てくるって言われて、あだ名が“蛇口”。ひねると出てくるって(笑)。ゴルフをしていた時より大変でしたが、新鮮で充実していました」
22年には公式YouTubeを開設。昨年はゴルフ中継の解説にも初挑戦した。
「生放送の緊張や、言い切る難しさを感じました。『〜みたいです』と言ってしまう癖を直さないといけないとか、放送をたくさん見て準備しました」
今年は、プロゴルファーの弟が済州島で開設したアカデミーを手伝う予定だという。
「日本で仕事をして、ファンに会いたい」
最後に、日本のファンへの思いを口にした。
「日本でも仕事をして、日本のファンに会いに行きたいです。韓国で忙しかった時期、日本からのオファーを断らざるを得なかったことがあって……」
イベントやファンミーティング、ゴルフキャンプなど構想はある。ただ、日本側で一緒に動いてくれる拠点がないことが課題だという。
「もしこのインタビューを見て、何か一緒にできると思う方がいたら連絡をいただけたらうれしいです(笑)」
日本ツアーでの7年間、多くのファンに支えられ、優勝を重ね、女子ゴルフ文化の一部を更新した“スマイルクイーン”。彼女が日本に残した最大のものは、優勝回数や人気だけではないのかもしれない。
異国で戦う不安を越え、「明るいプロの振る舞い」を自然なものにし、ツアーの景色を少しだけ変えた。その“架け橋”の記憶は、日本女子ゴルフが世界へ向かう時代になった今だからこそ、確かな意味を持つ。
取材・文/キム・ミョンウ
1977年生まれ、大阪府出身の在日コリアン3世。新聞記者として社会・スポーツ取材など幅広い分野を担当。その後、編集プロダクションを経てフリーに転身。2010年、サッカー北朝鮮代表の南アフリカW杯出場決定後、日本メディアとして初めて平壌で代表チームを取材し、『Number』に寄稿。2011年から女子プロゴルフの取材も開始し、日韓の女子プロとも親交を深める。現在は女子ゴルフとサッカー、アスリートインタビューなどを中心に雑誌やWEB媒体に寄稿。著書に「イ・ボミ 愛される力」(光文社)。
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