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- 漫画のような“天才少女”だったミシェル・ウィーが引退表明 それでも契約を延長したナイキとの関係
かつて“天才少女”として一世を風靡したミシェル・ウィーが引退を表明した。しかし、メインスポンサーであるナイキは5年の契約延長をオファー。そこから見えてきたのは選手とスポンサーの理想的関係だった。
13歳でメジャー9位タイ、14歳で米男子ツアー出場
かつて男子ゴルフに果敢に挑む「天才少女」として世界的な注目を集めたミシェル・ウィーが、今年の全米女子オープン出場後、第一線から退き、妻として母として、家族との生活に専念することを決意した。

かつての「天才少女」と言われても、「ウィー旋風」を知らない世代の方々にはピンと来ないと思うので、まずは彼女の歩みをざっと振り返ってみよう。
ハワイで生まれ育ったウィーが史上最年少の13歳で全米女子パブリックリンクス選手権を制覇したのは2003年のこと。同じ年、彼女はメジャー大会のクラフトナビスコ選手権(9位タイ)でも、全米女子オープン(39位タイ)でも見事、決勝進出を果たして一世を風靡した。そのウィーが「男子の試合に挑みたい」と言い出したときは、世界中のゴルフ界が仰天させられた。
賛否両論が飛び交う中、ウィーに推薦出場をオファーする大会は次々に現れた。04年ソニーオープン in ハワイを皮切りに、彼女は合計12の男子の大会に挑み、そのたびに試合会場には大勢のギャラリーとメディアが詰めかけて大喧騒が繰り広げられた。
しかし、結果は散々で、ウィーが予選を通過したのはアジアツアーのSKテレコムオープン1試合のみ。それ以外はあえなく予選落ちとなり、彼女に向けられていた熱い視線は、やがて期待から落胆へ、さらには批判へと変わっていった。そして、08年のリノタホオープンを最後に、彼女は男子の試合に挑むことをやめた。
それより3年前の05年に16歳でプロ転向したウィーは、すぐさま米LPGAのQスクール(予選会)に挑み、狭き門を突破した。しかし、年齢制限に阻まれ、18歳の誕生日を迎えるまでは、ツアーにフル参戦できない状況となった。
思うようにコトが進まなかった中、ウィーは米国の名門スタンフォード大学へ進学し、またまた世間を驚かせた。07年から12年まで、彼女は大学生活を送りながら女子ツアーに挑み、その一方で、男子の試合から推薦出場のオファーを授かれば、その希少なチャンスに必ず挑んだ。
18歳になった09年からは、ようやく正式メンバーとしてフル参戦を開始。ルーキーイヤーに初優勝を挙げると、10年に2勝目を挙げ、14年には全米女子オープンを制覇してメジャー初優勝を達成。以後、これまで通算5勝を挙げてきた。
契約解消を恐れるもナイキからの返答は逆だった
スポットライトを浴びたり、批判的な視線を向けられたり、壁にぶち当たったり。数多の山谷を越えてきたウィーも、やがて大人になり、恋に落ち、19年にNBAのゴールデンステート・ウォリアーズのディレクターを務めるジョニー・ウエスト氏と結婚。翌年6月には第1子となる女の子を出産した。
今年の全米女子オープン後に第一戦から退くことを決意したのは、長女マケナちゃんの育児に専念し、家族と過ごす日々を最優先したいと考えたからだ。
だが、その決意に至るまでに、ウィーが一番恐れていたのは、05年のプロ転向以来、20数年にわたって彼女を支えてくれているナイキから、スポンサー契約を打ち切られることだったそうだ。
「ツアーに出ることをストップしたら、契約解消を告げられる電話がかかってくるのではないかと、私は不安でドキドキしていました。でも、結果は正反対でした」
ナイキはウィーとの契約をさらに5年延長し、ナイキ・アスリート・シンクタンクの女性メンバーとして、テニスのセリーナ・ウィリアムズらとともに同社のブランド開発に、より一層関わっていってほしいと申し出たという。もちろん、ウィーはそのありがたいオファーに喜んで頷いた。
そして、これまでウィーと契約していたオメガやMGMなどナイキ以外のスポンサー企業も、みな彼女との契約継続を決めたそうだ。
昨今のゴルフ界では、選手のスキャンダルや問題発言が明るみにされるやいなや、スポンサー契約が解消される事例が続出している。
昨年1月には、ジャスティン・トーマスがパットを外した怒りに任せて口にした差別的な一言が問題視され、彼のウエア契約が解消された。
今年2月には、フィル・ミケルソンが新ツアーを創始を試みているサウジアラビア側とPGAツアー側の双方に対して言い放った侮蔑的発言が明かされるやいなや、彼を支えてきたほぼすべてのスポンサー企業が一気にミケルソンから離れていった。
そして、新ツアー側に傾倒していることがわかったリー・ウエストウッドとルイ・ウエストヘーゼンも、長年のスポンサー契約を打ち切られた。
選手の側に「非」や「社会的問題」があると判断された場合、スポンサー契約が解消されることは「仕方がないこと」なのだろう。
明らかに非があったウッズもナイキは支え続けた
だが、09年暮れから起こったタイガー・ウッズの不倫騒動の際は、明らかにウッズに非があったにもかかわらず、ナイキは彼から離れず、支え続けた。
今年3月に世界ゴルフ殿堂入りしたウッズが、記念式典のスピーチの中で、そんなナイキへの深い感謝を涙ぐみながら口にしたことが思い出される。
「(ナイキの創始者)フィル・ナイトをはじめ、ナイキがいつも僕の傍らにいてくれたことは、大きく心強い支えになってくれていた」
1996年のプロ転向からウッズを支え、あのスキャンダルのときでさえ彼から離れなかったナイキは、その後、ウッズが膝や腰の手術で合計9度も戦線離脱したときも、逮捕劇が繰り広げられたときも、交通事故で瀕死の重傷を負い、復活に挑んでいる今も、ずっとウッズを支え続け、ともに歩んでいる。
そして今、ウィーとも、ともに歩んでいこうとしている。
企業がアスリートをスポンサードすることには、それぞれにそれなりの想いがあり、ビジネス上の思惑や目論見は当然あるはず。契約に関する判断は、まさにビジネス判断そのものではある。
だが、そこに「富めるときも病めるときも一緒に歩いていこうね」という人間としての想いが加わってくれたら、スポンサー契約は単なる契約である以上に、人と人との契りとなり、そこに絆が生まれる。
ナイキとウッズ、ナイキとウィーの絆は、そうやって築かれ、これからも深められていくのだろう。そういう素敵な絆が、もっと増えてくれたら、ゴルフ界はもっともっと温かくなる。
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