米ゴルフ界での評判は「ひたむきな愛されキャラ」安倍元首相のゴルフ外交を振り返る

7月8日、凶弾に倒れた安倍晋三元首相。熱心なゴルファーとしても知られ、ドナルド・トランプ前大統領とはゴルフ外交を繰り広げた。米国側の視点で“ゴルファー”安倍晋三を振り返る。

“Golden Driver”にはトランプ氏の黄金好きだけではない気配りが

 安倍晋三元首相が撃たれ、亡くなった。突然の凶行で命を落とした無念を思うと、胸が張り裂けそうになる。

2019年のトランプ前大統領来日時、茂原カントリー倶楽部をともにラウンドした安倍晋三元首相 写真:Getty Images

 振り返れば、米ゴルフ界において、名前と存在をしっかりと覚えられ、親しみを持たれた日本の首相は、少なくとも私が米国を拠点にしていた90年代半ばからの四半世紀においては、安倍元首相以外にはいなかった。

 米国のゴルフメディアの間で「Abe」の名前と顔が最初に認識され、一斉に記事化されたのは、ドナルド・トランプ氏の次期米国大統領就任を祝して首相当時の安倍氏が「黄金のドライバー」を携えてニューヨークまで馳せ参じた2016年11月のことだった。

 あのときは、米国の新聞にもウエブサイトにも「Golden Driver(黄金のドライバー)」の文字があちらこちらに踊り、大きな話題になった。

 安倍氏がトランプ氏に贈ったのは「HONMA BERES S-05」と刻印された金色のドライバー。価格は米国では「3755ドル」、日本では当時のレートに基づいて「約50万円」と報じられ、その高額ぶりに米国のゴルファーたちは目を丸くしていた。

 だが、価格以上に印象的だったのは、あの黄金のドライバーが「高弾道が得られやすく、スライスを防ぐ効果がある」とうたわれていたドライバーだったこと。当時のトランプ氏のゴルフの“お悩み”を、安倍氏が綿密に調べた上で吟味したドライバーだったことがよく分かる。

 日米双方のリーダーの共通の趣味であるゴルフを媒介として、日米外交を円滑化し、強化したいと願う一心で、トランプ氏に最適と思われる黄金のドライバーを携え、スピーディーに海を渡った安倍氏のユニークな発想とエネルギッシュな行動力、一途な姿勢は米ゴルフ界からも高く評価された。

 あの「黄金のドライバー」贈呈は「安倍氏とトランプ氏との距離を縮めるゴルフ外交の端緒になった」と言われ、「ゴルフを外交に採り入れることは、祖父である元首相の岸信介氏がアイゼンハワー元大統領との外交に用いた手法を模したものだ」とも言われた。

 だが、安倍氏の細やかな心配りや一途さ、そして親しみやすいあの笑顔が無かったら、彼のゴルフ外交が効果を発揮することは、きっと無かったことだろう。

トランプ氏は安倍氏に“ゴルフ王”としての原点と現在を見せた

 翌年2月。安倍氏が訪米し、本格的なゴルフ外交が始まった。ワシントンDCにあるホワイトハウスで会談後、トランプ氏と安倍氏はジェット機に乗ってフロリダへ移動した。

 トランプ氏は世界各国17カ所以上にゴルフコースを所有しており、ワシントンDCやニューヨーク近郊にも彼の所有するコースはある。

 それなのに、なぜ、わざわざフロリダへ移動したのかと言えば、相手が安倍氏だからこそ、どうしても「見せたい」「一緒に回りたい」と、トランプ氏が思っていた何より自慢のコースがフロリダにあったからだった。

 2人がまず向かったのは、帝王ジャック・ニクラスが設計し、02年に開場したトランプ・ナショナル・ジュピターという近代的で豪華なゴルフコース。いわば、トランプ氏の所有コースの中で一番の「自信の新作」だ。

 そこで18ホールを回った後、2人はトランプ・インターナショナル・ウエストパームビーチへ移り、さらに9ホールをプレーした。

 このコースは1999年開場の古いコースで、不動産王のみならずゴルフ王を目指し始めたトランプ氏が、ゴルフビジネスとの関わりを深め、初めて所有したゴルフ場だ。いわば、トランプ氏のゴルフビジネスの「ルーツ」であり、「我がホーム」とも言える場所である。

 古きも新しきも「見せたい」「一緒に回りたい」と思ったからこそ、トランプ氏は安倍氏とともに、わざわざワシントンDCからフロリダへ飛行機で移動し、自慢の2コースへ招き入れ、ハシゴでゴルフを楽しんだ。

 それは、トランプ氏が安倍氏を理解者として信頼し、友として親しみを抱いていたことの顕れだったのだろうと思う。

「レイアップ(刻む)という言葉は、私の辞書にはない」

 2人のラウンドの現場では、取材活動は外交や政治部門を専門とする一部の記者だけに限定され、私も含めたゴルフメディアの現場取材は叶わなかった。

 だが、練習場でトランプ氏が安倍氏から贈られた「黄金のドライバー」を握ってウォーミングアップしていたことはすぐに現場から伝わってきた。

 そして、さらに聞こえてきた安倍氏のこんな言葉が米ゴルフメディアの間で話題になった。

「レイアップ(刻む)という言葉は、私の辞書にはない」

 この言葉を聞いた瞬間、失礼ながら思わずクスッと笑ってしまった。戦略性の高いトランプの2コースで、池やバンカー、さまざまなハザードに遭遇しながら、まったく刻むことなく攻め続けるゴルフは、あまりにも無謀で、そんなことをしたら大叩きは必至だ。

 ジョークのつもりなのか、それとも半分以上は本気なのか。安倍氏の発言の真意をはかりかねた米ゴルフ記者たちから「プライムミニスター・アベ(安倍首相)のゴルフの腕前は? 彼はどのぐらいグッドゴルファーなのか?」と尋ねられ、私は「とんでもなく飛ぶとか、うまいとかという話を聞いたことはないし、プレー姿を見たこともないから、知らないし、分からない」と答えた。

 結局、実際の2人のラウンドの詳細が報じられたわけではなかったが、いくつかの画像を見た米ゴルフ記者たちは、安倍氏のスイングやスコアにはもはや触れず、一生懸命にプレーしていた安倍氏の様子を見て、「ナイスガイなんだね」と、みな安堵したような表情で微笑み合った。

 そんなふうに、ゴルファーとしての安倍氏は、米ゴルフ界ではいつも「ひたむきな愛されキャラ」として親しまれていた。

「Marvelous friend、素晴らしき友人とのゴルフ。会話も弾みます」

 同じ2017年の11月、安倍氏は来日したトランプ氏を埼玉県の霞ヶ関カンツリー倶楽部に招き、松山英樹を交えて9ホールを回った。

 このラウンドは、2月にフロリダでトランプ所有コースに招待されたことに対する安倍氏からの「返礼」的なゴルフだったが、ラウンド中、自分のプレー進行が遅れ気味に感じられて慌てたのか、バンカーの中で派手に転んでしまった安倍氏のプレーぶりが米国でも報じられ、話題になった。

 当時の私が身を置いていた米ゴルフメディアの世界でも、相変わらず、ひたむきな愛されキャラの安倍首相というニュアンスで好意的に報じられていたことが、今、あらためて思い出される。

 霞ヶ関を回った11月5日、安倍氏はトランプ氏とプレー中の写真にこんな文字を添えてツイッターでうれしそうに発信していた。

「Marvelous friend(マーベラス・フレンド)、素晴らしき友人とのゴルフ。会話も弾みます」

 銃弾に倒れ、帰らぬ人となった安倍氏のことを、トランプ氏は「彼は誰とも違うリーダーだった」と表し、「彼のようなリーダーは、もう2度と現れないだろう」と悔やんだ。

 政治家として、日本の元首相として、そして、ひたむきで真摯なゴルファーとして、米ゴルフ界からも親しまれ、愛された日本の首相は、安倍氏が初めてだった。

 そして、「Marvelous golfer(素晴らしきゴルファー)」を失ったゴルフ界は、大きな喪失感に襲われ、悲しみに包まれながら安倍元首相の冥福を祈っている。

【写真】在りし日の“シンゾー”と“ドナルド”満面の笑みのツーショット写真
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