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- 「メタルドライバーをジャンボが手にしたら、誰も敵わないと思った」ライバルで盟友・青木功が見た尾崎将司の強さ
“ジャンボ”尾崎将司さんの訃報を受け、盟友・青木功が回顧。飛距離勝負を断念しショートゲームを極めた理由や、メタルドライバー導入で誰も敵わなくなると確信した復活の裏側を語り、尾崎の存在が日本ゴルフ界を押し上げたと振り返った。
“ジャンボ”尾崎こと尾崎将司さんが、12月23日に旅立った。ゴルフ界に与えた衝撃はあまりにも大きく、多くの選手が訃報に対するコメントを寄せ、思い出を語っている。その事実こそが、尾崎さんの存在がいかに大きかったかを物語っている。
ライバルであり盟友でもあった青木功も、「長年、良きライバルとして二人でゴルフ界を引っ張ってきただけに、言葉がありません。また一人、大切な戦友を失い、寂しい気持ちでいっぱいです。長く、つらい闘病生活にお疲れさまと伝えたい。叶うことなら最後にもう一度、会いたかった」とコメントを発表した。その言葉を聞き、以前、青木が尾崎さんについて語っていたことを思い出した。

「初めてジャンボを見たときは驚いた。ドライバーショットは飛んで曲がらないし、アプローチやパッティングといった小技もうまかったからね」。当時、飛距離に自信があった青木は、尾崎さんに張り合おうと球筋をドローに変えるなど試行錯誤を重ねた。しかし、結局はスイングを崩してしまうだけだと悟り、飛距離勝負を諦めたという。
「もちろん、何もしないわけにもいかないから、ショートゲームをとにかく磨いたよ」。後に“100ヤード以内は世界一”と評されるようになるが、そのきっかけを作ったのが尾崎さんの存在だった。「ただ、ジャンボ以上にショートゲームを磨くのは、相当苦労したけどね」。ジャンボを倒さなければ自分の居場所がなくなる――そう思い、文字どおり必死で練習したという。
「お前がいなかったら、オレはとっくに終わっていたと思うよ」。2012年の日本オープン時に行われたチャンピオンズディナーの席上で、青木は尾崎さんにそう語ったという。決して社交辞令ではなく、本音だったことは言うまでもない。
絶対的な強さを誇っていた尾崎さんだが、80年代前半にはスランプを迎える。原因の一つが、ドライバーショットの大きな曲がりだった。そこから見事に復活を遂げるが、その兆しをいち早く感じ取っていたのが青木だった。
「米国でメタルドライバーを初めて見たとき、まずいなと思ったよ。もしこのクラブをジャンボが使ったら、自分を含めた日本選手は誰一人として敵わなくなる、とね」。青木の分析によれば、尾崎さんはグースネックのクラブを好み、パーシモンヘッドのようにリーディングエッジが前に出たドライバーは得意ではなかった。しかし、メタルドライバーはリーディングエッジが引っ込み、やや遅れてインパクトを迎えるため、左右のブレが抑えられるという。
「スランプ時のジャンボは、ドライバーが曲がっていただけで飛距離は出ていた。そこにメタルドライバーで飛距離が伸びて、曲がらなくなったら……誰も敵わないよね」。スランプ脱出の糸口を探していた尾崎さんが、このクラブを見逃すはずもなかった。青木の予想どおり、復活した尾崎さんは、以前にも増して圧倒的な強さを見せるようになった。
強い存在がいるからこそ、周囲のレベルも引き上げられる。尾崎さんの存在は、青木だけでなく中嶋常幸、さらには後に続く世代の選手たちのレベルを確実に押し上げた。近年は後進の指導に尽力していたが、人生の大半を日本ゴルフ界の発展に捧げた尾崎将司さん。その偉大な功績に改めて敬意を表すとともに、心よりご冥福をお祈りしたい。(文・山西英希)
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