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- 「『私、天才』って思ってた」 現実を知って強くなったセキ・ユウティンが初優勝
セキ・ユウティンが日本ツアー初優勝を飾った。若くして中国ツアーの賞金女王となった彼女だが、日本ツアー参戦後は予想外の苦戦が続いていた。
「プレッシャーから逃げずに頑張りました」
◆国内女子プロゴルフ<アルペングループ創業50周年記念大会 ゴルフ5レディス 9月2~4日 ゴルフ5カントリー オークビレッヂ(千葉県) 6465ヤード・パー72>
セキ・ユウティンが、激戦を制して初優勝を飾った。
ゴルフ5レディス最終日は、出入りの激しいゴルフながら6つスコアを伸ばしたセキ・ユウティンと、首位に1打差2位スタートの吉田優利が通算12アンダーでプレーオフに突入。
18番の繰り返しで行われたサドンデス1ホール目にはティーショットを右に曲げてピンチを迎えたが、何とかボギーで切り抜けた。対する吉田は2オンしたものの、2段グリーン奥のピンに対して下段からの長いパットを3パット。勝負は2ホール目に持ち越された。
つるべ落としの秋の日と争うように、カップが手前の段に切り直された2ホール目。吉田は左6.5メートルのバーディーパットをしっかり打ったが入らず、右から3メートルを沈めたセキに軍配が上がった。
「とてもうれしいです。(スタート前の)インタビューでも『今日は優勝目指して頑張りたい』と言いました」
こう話すが、プレーオフまではジェットコースターのようなラウンドだった。首位に4打差10位タイでスタートし、12番までに6バーディー、1ボギー。混戦模様の中、13番パー5では奥3メートルに2オンして鮮やかなイーグル。通算13アンダーで単独首位に立つ。
しかし、続く14番パー3では13メートルから3パットボギー。15番パー4ではティーショットを右にOBとしてダブルボギーと、このままずるずる崩れてもおかしくない展開に追い込まれる。
「15番は考えすぎてOBです。『もうムリ!』ってなったけど『もったいない』とも思いました。あきらめないで強い気持ちでもう一度バーディーを取りました」と、気持ちを立て直し、16番パー5、17番パー3は連続バーディー。通算12アンダーの首位で先にホールアウトした。
後からプレーする選手の頭上にチラつく12アンダー。最終組の吉田が、17番バーディーで追いついてのプレーオフだった。
スコアを伸ばせた要因について「メンタルが一番良かったと思います。プレッシャーに直面して、逃げずに頑張りました」と笑ったセキ。初優勝までの道のりも、自分の気持ちとの戦いだった。
「賞金は貯金して、引退後にアカデミーを作りたい」
父の仕事の関係で日本の福井県で生まれ、幼いうちに中国に戻ってゴルフの腕を上げた。ナショナルチームで活躍。プロになるとすぐ中国ツアーの賞金女王となる。
そのまま日本ツアーのプロテストを受けたのが2016年だ。1打及ばず不合格となるが、当時の制度でQT上位に入って2017年はフル参戦できた。
ところが、なかなか予選を通らない。「『私、天才』って思ってた。だから(ダメなのも)私の問題じゃないと思ってた」と、苦笑しながら振り返る日々。まだ19歳だった。
ここから自分との戦いが始まる。「天才なのになんでそんなに(予選を)落ちるのか? イップスもありました。ずっと順調だったから、自分の力で何でもできると思ってた。感謝の気持ちもなかった。それが、チームワークが大切だということがわかった。私より、ヘルプ(サポート)してくれるみんなが、私のことを信じてくれました」。この心境に至ったからこそ、手にした優勝だった。
日本ツアー6年目、24歳での初優勝。将来的には米ツアーで戦う気持ちもある。
「日本ツアーに慣れて、選手の友達も増えてファンもいます。優勝して初めてシードを取れて、安定したら日本にいるのが一番うれしい。でも、若くて一番力があるときに、世界ナンバー1のツアー、アメリカに挑戦することも考えています」
日本ツアーに安住する気持ちはないようだ。さらにその先にあるのが、後進の育成だ。
「賞金はまず貯金します。引退してからアカデミーを作ります、後輩に教えるために」
感謝の気持ちを覚えて、一回り大きくなった今、その可能性は限りない。
セキ・ユウティン
1998年3月5日生まれ、福井県出身の中国人プロゴルファー。2016年に中国の女子ツアーで賞金女王に輝き、翌年から日本ツアーに参戦。2019年のステップ・アップ・ツアー「日医工女子オープン」で、日本での初優勝を飾る。2022年「ゴルフ5レディス」で悲願のレギュラーツアー初優勝を飾る。ミツウロコグループホールディングス所属。
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