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「JGAゴルフミュージアム」が移転先決まらぬまま閉館 ジャンボ尾崎の愛用ドライバー含むお宝2000点どこへ? JGA会長を直撃
12月27日、「JGAゴルフミュージアム」が移転先が決まらぬまま、兵庫県・廣野ゴルフ倶楽部内で閉館式を迎えました。一方でJGA会長が旧・岐阜県庁への移転を「候補の一つ」と明言しました。
旧・岐阜県庁案を「候補の一つ」「ありがたい」とJGA会長が明言
12月27日に閉館式が行われた「JGAゴルフミュージアム」(兵庫県三木市・廣野ゴルフ倶楽部内)の移転先として岐阜が選択肢の一つとなっていることを、日本ゴルフ協会(JGA)の池谷正成会長が明らかにしました。
その数約2000点。同ミュージアムは世界で三番目の規模を誇ってもいました。日本ゴルフ界に偉大な足跡を残した名選手やゴルフ文化に貢献した先人たちの記念品や遺品を展示し功績を称えると同時に、ゴルフ用具の進化が学べるクラブ、ボールやゴルフ史を語るうえでも重要な絵画、文献などが展示されていました。
例を挙げると、スコットランドの原初のリンクスであるマッセルバラやセントアンドリュースで200年以上も前に使われていた「ロングスプーン」は必見物。またゴルフボールの起源から発達の過程も一目で分かるようになっていました。古いものから新しいものまで、すべての種類のボールが展示されているのです。
また将来、ゴルフ場設計家を目指す方にも是非訪れてもらいたい場所でした。ゴルフミュージアムにも協力してきた廣野GCや川奈ホテルゴルフコース富士コースを設計したチャールズ・ヒュー・アリソンの流れを汲む井上誠一、上田治が描いたゴルフコース設計図なども展示されているからです。
ゴルフジャーナリストにとって忘れてはならない存在である伊藤長蔵が発刊した日本のゴルフ雑誌第1号である「阪神ゴルフ」の創刊号(1922年4月25日号)も展示されていました。筆者のようにゴルフの記事で生計を立てている人間であれば、一度は訪れておかねばならない場所でもありました。

実は筆者も2015年から週刊パーゴルフの「ゴルフ場を造った男たち」の資料を集めるため、このJGAゴルフミュージアムを頻繁に訪れました。この施設のお陰で64回もの連載が継続できたのは紛れもない事実で、1階奥にある書庫で嗅いだ「西村コレクション」のにおいは、今も鼻の奥に残っています。
日本のゴルフの潮流をつくった巨人たちの紹介コーナーも圧巻。日本最初のゴルフ場、神戸ゴルフ倶楽部の創始者アーサー・ヘスケス・グルームが愛用していたクラブなども展示されていました。鳴尾ゴルフ倶楽部をつくったクレーン兄弟のコーナーもあれば、 日本のゴルフ史において重要な役割を果たした赤星四郎・六郎兄弟などの愛用品も展示されています。日英皇太子によるゴルフ対決のコーナーもあります。先達たちのゴルフに対する情熱が様々な愛用品から伝わってきて、ゴルフの持つ魅力を再認識できます。 またゴルフを知らない人にも、ぜひ訪れていただきたい施設となっていました。
JGA山中博史専務執行役は今後の作業について「今年の末にこのミュージアムを閉館後、当協会の方で収蔵物の仕分け及び移動の作業を開始させていただきます。これにはかなりの時間がかかると思います。およそ1年かかると思います。それを経て取り壊し、そして完全引き渡しという形で進めさせていただきたいと思います」と話しています。
閉館を機に資料の整理と搬出作業が本格化するわけですが、そうなると誰もが気になるのが移転先。当コラムはその最有力候補となりうる旧・岐阜県庁の存在を閉館セレモニー前日の26日に報じましたが、当然のことながらJGAの池谷会長もこの建物の存在は先刻承知。
「(旧・岐阜県庁について)候補の一つとして聞いています。非常にありがたいお話」と、費用も含めて岐阜における博物館設立の中心となっている國江仙嗣氏側が、JGAと同じく100年の歴史を刻む岐阜県庁に収まる「岐阜案」を検討していることを明らかにしました。
しかし、続けてこうも付け加えました。「でも今後(ゴルフミュージアムを)どのようにしていったらいいかは、やっぱり検討を要すると思うんですよね。私の希望としてはこのミュージアムと、(3月に)引き継いだ日本プロゴルフ殿堂を一体化したいんですよ」と、殿堂との兼ね合いもあり、移転先については明言を避けました。
このコラムで3月にも報じましたが、「日本プロゴルフ殿堂」が発展解消する形で、2025年4月1日から公益財団法人日本ゴルフ協会が責任をもって運営する「日本ゴルフ殿堂」へと継承されました。今後は同ミュージアムに「殿堂博物館」としての要素がプラスされることも決まっているのです。
廣野のミュージアムにも、日本が生んだ偉大なプロゴルファーたちの愛用品が展示されていました。古くは日本のプロの草分けで日本ゴルフ殿堂(当時は日本プロゴルフ殿堂)第1回顕彰者の一人でもある宮本留吉の展示コーナー。当時の工房が再現されている力の入れようで、見逃せなかったのが2階に展示されていた5ドル札。米国の遠征中、パインハーストで行われたエキシビジョンで球聖ボビー・ジョーンズと対戦しています。2対2のマッチゲームで、宮本は賭けに勝った証として、この5ドル札にジョーンズのサインをしてもらっています。
近年では青木功、樋口久子、岡本綾子といった世界ゴルフ殿堂にも選出されているスーパースターのクラブなども見ることができました。その中には23日に死去したジャンボこと尾崎将司氏のドライバーもあったのです。しかし、こうしたファン垂涎のお宝も27日限りでしばらくは見ることができなくなりました。
「僕の任期(来年6月)のうちには収まらないかもね」
そもそも、このミュージアムは昭和54(1979)年、日本ゴルフ協会の創立55周年記念事業の一環として設立されたものです。昭和57(1982)年5月21日の開館式には100人を超える関係者が列席し、乾豊彦日本ゴルフ協会会長と摂津茂和史料委員長のテープカットにより盛大な開館式となったことがJGAの公式ウェブサイトに記載されています。

しかし、今回の閉館式の取材に訪れたマスコミ関係者はわずか4人で、廣野GC、JGAの関係者を合わせても十数人と、43年前の華やかな開会式とは対照的な、さびしいものとなりました。ミュージアム最後の日に集計された今年のミュージアム入場者も、854人にとどまったことが明らかになりました。
振り返れば、2019年などはコース改造中だったこともあり年間入館者数は202人まで落ち込みました。翌20年もコロナ禍にあったとはいえ339人と、1年間にならせば1日1人にも満たない状況が続いていました。直近でも昨年が653人、一昨年が659人と若干回復したものの、依然として伸び悩んでいました。まさに宝の持ち腐れ状態。民間の博物館であれば、とっくの昔に潰れていたはずです。
閑古鳥が鳴いている最大の原因は、その場所にもあります。神戸の中心地、新開地から広野ゴルフ場前まで、準急でも38分。駅から徒歩ですぐの距離とはいえ、名門・廣野GCの敷地内にあるため、よほどのゴルフ好きでない限り敷居の高さも感じずにはいられません。積極的に宣伝告知がなされておらず、事前予約が必要なことも、訪問へのハードルを高めていましたが、それにしてもあまりにさびしい数字。これに施設の老朽化も追い打ちをかけ、閉館に至ったというわけです。
これからの道も平坦とは言えません。この膨大な資料の行き場を見つけなければならないのです。保管料などの金銭的な負担を軽減するためには、移転先をできるだけ早く見つけ、そこへ運び込んでしまうのがべストの方法でしょうが、池谷会長からは「僕の任期(来年6月)のうちには収まらないかもね」と、厳しい見方も飛び出しました。
経費の面で最も負担が少ないのは旧・岐阜県庁であることは間違いありません。池谷会長がこの日初めて岐阜が候補の一つであることを明言したことで、今後の成り行きに注目が集まりそうです。
取材・文/小川朗
日本ゴルフジャーナリスト協会会長。東京スポーツ新聞社「世界一速いゴルフ速報」の海外特派員として男女メジャーなど通算300試合以上を取材。同社で運動部長、文化部長、広告局長を歴任後独立。東京運動記者クラブ会友。新聞、雑誌、ネットメディアに幅広く寄稿。(一社)終活カウンセラー協会の終活認定講師、終活ジャーナリストとしての顔も持つ。日本自殺予防学会会員。(株)清流舎代表取締役。
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