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- 墓石には「ジャンボ尾崎之墓」 郷里・徳島で尾崎将司さん納骨式 住職が明かす戒名に込めた意味とは?
昨年12月23日に逝去されたジャンボこと尾崎将司氏の四十九日法要が2月5日、故郷の徳島・海陽町(宍喰地区)の大日寺でしめやかに営まれました。
「『芝の王』ということで、芝王院(しおういん)としました」
ジャンボ故郷に帰る――。
昨年12月23日に逝去されたジャンボこと尾崎将司氏の四十九日法要が2月5日、故郷の徳島・海陽町(宍喰地区)の大日寺でしめやかに営まれました。
遺影は最後の日々を献身的にサポートした、マネージャー兼トレーナーの宮下修氏が選んだ最後の優勝の写真。2002年の全日空オープンで見せた、通算113勝目の雄姿でした。
戒名は「芝王院将徳覺威居士」。菩提寺である大日寺の住職・木戸口貢淳(きどぐちこうしゅん)氏は戒名の意味を、こう説明してくれました。

「誰にも真似できない(ゴルフ界の偉業)だから『芝の王』ということで、芝王院(しおういん)としました。将徳は、ジャンボさんの将司という名前からだけでなく、リーダーだったし、最後はゴルフアカデミーで皆さんを指導したじゃないですか。指導者っていう意味です。徳は徳島の人でもあるし、お寺も大事にしてくれたところもありましたから。『覺威』っていうのは本当に自信を持って成功して、威厳を持った人だったという意味です」
続いて同町内の松原墓地で営まれた納骨式には親族を含む約70人が参列。徳島県立海南高校のエースで4番としてセンバツ高校野球優勝、さらにはプロ野球に進み、その後プロゴルファーに転身して113勝を挙げたスーパースターの往時を偲びました。
「これでもっと帰ってこなくちゃいけなくなった。今はゆっくり休んでほしい」
長男の智春氏がJGJA(日本ゴルフジャーナリスト協会)大賞特別賞の授賞式(2月3日、都内)で明かした通り、墓石はゴルフボールをかたどったもので、そこには本名ではなく「ジャンボ尾崎之墓」と刻まれていました。

隣には尾崎家先祖代々の墓もあることで、ジャンボブラザーズの次男・健夫氏も「ここに(3兄弟の)ルーツがあると言っていいんじゃない? 徳島から近衛兵の試験に通るのは5人しかいなかったんだけど、父親が一番で、その弟も3番目で通っているんです。弟は特攻隊で亡くなっているけど、父親は教官だったので戦地には行かなかった。父親も体が大きくて、素晴らしい運動能力を持った人でしたね。そういう家系」と、世界でもまれな、3兄弟がトッププロとして実績を残した要因について解説してくれました。
末弟の直道氏は「病気になってからは本当に早かったな、という感じ。ここには年2、3回は帰ってきているんだけど、これでもっと帰ってこなくちゃいけなくなった。今はゆっくり休んでほしい」と、ため息をつきました。
納骨式にはエースキャディーでセンバツ優勝時、ウイニングボールをキャッチした佐野木計至氏も参列。「あの時はしびれたよ。ツーアウト満塁ツースリー。ヒザが震えたけど、やっぱりすごいピッチャーだったよ。多彩な変化球も持っていたしね」。3月16日に帝国ホテルで行われる「お別れの会」では、弔辞を読むことも決まっているそうです。
ジャンボを尊敬してやまないことでも知られる池田勇太も駆け付け、神妙な表情で手を合わせていました。
12月23日の逝去のニュースから、はやひと月半。この日はきれいに晴れ上がり、墓地のすぐ上にはジャンボが大好きだったという太平洋の風景が広がっていました。
取材・文/小川朗
日本ゴルフジャーナリスト協会会長。東京スポーツ新聞社「世界一速いゴルフ速報」の海外特派員として男女メジャーなど通算300試合以上を取材。同社で運動部長、文化部長、広告局長を歴任後独立。東京運動記者クラブ会友。新聞、雑誌、ネットメディアに幅広く寄稿。(一社)終活カウンセラー協会の終活認定講師、終活ジャーナリストとしての顔も持つ。日本自殺予防学会会員。(株)清流舎代表取締役。
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