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コラム

「“ゴルファー、イ・ボミ”は日本で完成された」愛された女王が振り返る「日韓戦を“毎週”戦った」熱狂の時代

2026.03.25 キム・ミョンウ
イ・ボミ 国内女子ツアー 韓国 韓国女子プロが残したもの

韓国で賞金女王となったイ・ボミが、王道とされた米ツアーではなく日本を選んだ理由を告白。母の助言や言語・時差への不安、そして日韓で大きく異なる“競技環境”が、彼女の成長と成功を後押ししていた。

“スマイルキャンディ”の裏にあった無心

 日本でのイ・ボミは、強いだけの選手ではなかった。勝てばニュースになり、笑えば会場の空気が和らぎ、ファンは親しみを込めて“ボミちゃん”と呼んだ。韓国からやってきたトッププレーヤーは、いつしか“近くに感じられるスター”になっていた。

 その象徴が「スマイルキャンディ」という愛称だ。もっとも、このニックネーム自体は日本で生まれたものではなく、もともとは韓国でついていた。イ・ボミはその経緯を思い出し、笑いながら話す。(取材・文/キム・ミョンウ)

“スマイルキャンディ”の裏にあった無心 写真:大澤進二
“スマイルキャンディ”の裏にあった無心 写真:大澤進二

「私も誰が名付けてくれたのか知らなかったんですけど、本当に最近の仕事の撮影の時に知りました。韓国の記者さんがつけてくれたのですが、その方に『なんで、もっといい名前にしてくれなかったんですか! なんでキャンディなんですか!』って(笑)」

 ただ、当時の本人にとって大事なのは、愛称そのものではなかった。20代前半の彼女には、周囲の見え方を気にする余裕がなかったという。

「気にする余裕もなかったんです。誰かがそう呼んでくれることが嬉しいとか嫌だとか感じる暇もなく、ただ自分として試合に忠実でいなきゃ、と思っていただけで」

 だからこそ、メディアの反応に引っ張られなかった。

「正直、日本でも記事が出ていても、その記事に対するコメントは一度も見たことがないんです。もし私がメディアの反応を気にしていたら、もっと早くゴルフをやめていたんじゃないかな」

 それでも結果的に、日本でのイ・ボミは“愛される選手像”を作り上げていく。その呼び名が「スマイルキャンディ」から、より親密な「ボミちゃん」へ変わっていったことを、彼女自身も喜んでいた。

「『ボミちゃん』と呼ばれるのは、どんな気分ですか?」という問いに、イ・ボミはすぐ答えた。

「嬉しかったです。親近感があって! 私は自分自身のことをそんなに高く評価していないんです。だから、ファンの方と距離がある選手にはなりたくなかった。応援してくださるみなさんに『ありがとうございます』って伝えたいし、笑顔を見せて、一緒に幸せを感じられたらいいなと思っていました」

笑顔の代償と“燃え尽き”の記憶

 だがもちろん、そうした“親しみやすさ”は、ただのサービス精神だけでは支えきれない。勝ち続け、期待され続け、どこへ行っても笑顔で応じる。その積み重ねは、少しずつ体と心を削っていった。

 2015年に圧倒的な強さで年間7勝して初めて賞金女王を手にし、翌16年シーズンも期待通りにマネークイーンの称号を手にした。日本での人気は絶頂期を迎え、周囲の期待は膨らみ続けた。

 プロゴルファーとしては順風満帆と思いきや、16年シーズン終了後のことを思い出す場面で、イ・ボミの声は少し沈んだ。

「その年の12月、本当に辛くて……幸せなはずなのに、ベッドに横たわると体がボロボロで、涙がポロポロ流れてくるんです」

 賞金女王という結果は手にした。だが、達成感だけでは片づけられない消耗があった。

「体が辛くて涙が出たのは、あれが初めてでした。だから忘れられません。どこのホテルのどの部屋だったかも覚えているくらい」

 目標を達成したあとに訪れた“燃え尽き症候群”。この時、心も体も限界に近づきつつあったと吐露した。実際、17年は1勝したものの、18年以降の成績は下降をたどった。

 それでも彼女は、かつての笑顔の時間まで否定することはしない。むしろ苦しさも含めて、今の自分を作ったものだと受け止めている。

「そういうイメージだったからこそ、引退した今もみなさんが良いイメージを持って探してくださったり、覚えていてくださったりする。それは私にとって、すごく良い影響を与えてくれました」

 そして、少し柔らかい表情に戻りながら言った。

「いま思うと本当に『笑う門には福来る』っていう言葉は正しいんだなと思います。笑顔を見せることで相手も笑顔になる。少しでもみんながそれで幸せな気持ちになれたのなら、うれしいですよね」

ツアーの空気を変えた“ボミちゃん”の存在

ツアーの空気を変えた“ボミちゃん”の存在 写真:大澤進二
ツアーの空気を変えた“ボミちゃん”の存在 写真:大澤進二

 イ・ボミの存在は、強さによる成績だけでなく、“ツアーの空気”にも変化をもたらしたと言える。彼女自身も、その変化を肌で感じ取っていた。

「最初に来た頃、日本の選手たちはすごく……なんて言うか、カッコいい選手が多かった、と言えばいいでしょうか。選手同士もちょっとピリッとした雰囲気もありましたよね」

 試合会場ではみながライバル。プロゴルファーだからこそ、ピリついた雰囲気はあってしかりだ。だが、ロッカールームではまた違う表情がある。

「選手たちは試合会場以外ではみんなよく笑うし、性格もすごく良いんです。ただ、コースに出ると完全にスイッチが入って、別人のようになる(笑)」

 そんな中で、「自分は外でも中でも変わらずよく笑っていた(笑)」と振り返る。

「私は試合会場でも話をしているときによく笑っていたと思うので、他の選手たちも『あ、自分の素を出しても大丈夫なんだな』って受け入れてくれた選手もいた。そこは良かったなと思っています」

 単なるキャラ作りではない。ライバル同士が少しだけ近づける空気を作ったことも、彼女のレガシーの一つだったと思う。

「私は韓国人ですが、コース内でもライバルとしてだけでなく、お互い笑って冗談を言い合い、応援し合える仲になれましたから。それが本当に良かったです。……やっぱり、1人だと寂しいじゃないですか」

“毎週の日韓戦”がツアーを強くした

 当時は韓国勢が多くツアーに参戦し、日本勢と毎週のようにぶつかっていた時代についても、イ・ボミの見方は興味深い。韓国選手が強すぎると人気が偏るのではないか、という見方に対し、彼女はむしろ逆だと言い切る。

「サッカーも野球も『日韓戦』となると盛り上がるじゃないですか。WBCの日韓戦も両国の国民はみんなが食いついて応援しますよね。私たちは、あの日韓戦を毎週やっていたんです」

 言葉に力がこもる。

「だから、人気が落ちるわけがないんです。むしろ『悔しい、勝ちたい』って気になるのは、選手もファンも同じ。そうやってお互いを意識することで、レベルがここまで上がったんだと思います」

 ここには、今回の連載全体の核心がある。韓国選手が日本に来たことは、単に勝ち星を持ち込んだという話ではない。日本ツアーに緊張感と比較対象をもたらし、結果として全体の価値を押し上げた。イ・ボミ自身もその一員だった。

「私のプレーを見て若い選手たちには『こうなりたい』と希望を与えられたと思いますし、JLPGAツアーの価値もすごく上がったと思っています。『私たちが凄かった』と言いたいのではなく、あの時代がたまたまそういう時代だったんだな、と」

日本で完成した“ゴルファー・イ・ボミ”

日本で完成した“ゴルファー・イ・ボミ” 写真:大澤進二
日本で完成した“ゴルファー・イ・ボミ” 写真:大澤進二

 さらに彼女は、自分が日本で担っていた役割を競技の外にも見ていた。日本という国が好きだった。そこで出会った人たちも好きだった。だからこそ、自分が“韓国への入り口”のような存在になれたらと思っていたという。

「私が大好きな日本の人たちが韓国を好きになってくれるように、まずは私自身が『お手本』にならなきゃ、と考えていたんです。自分の『親しみやすさ』を武器に、韓国への良いイメージを持ってもらいたいと常に願っていました」

 引退試合となった2023年の「NOBUTA GROUPマスターズGCレディース」を終えた時、涙よりも強かったのは安堵と幸福感だった。

「名残惜しさはなかったと思います。ただ、清々しい気持ちでした」

 ファンがピンクの引退記念Tシャツを着て、応援タオルを振ってくれた光景は、いまも特別な記憶として残っている。

「『私は本当に愛されて幸せな選手生活を送れたんだな。私が今までやってきたことは意味があったんだ』と思えて、すごく幸せでした」

 では、日本ツアーとはイ・ボミにとって何だったのか。最後の問いに、彼女は少し照れながら、それでもきっぱり答えた。

「『イ・ボミという存在を作ってくれた場所』。私という人間は韓国で生まれて育ちましたが、『ゴルファー、イ・ボミ』は日本で作られ、完成したんです」

 強さだけでも、笑顔だけでもない。競い合い、愛され、ツアーの空気を変え、韓国と日本の距離を少しだけ近づけた存在。韓国で生まれた選手が、日本で「ゴルファー・イ・ボミ」として完成した――その事実こそが、彼女が日韓両ツアーに残した最大の足跡なのかもしれない。

イ・ボミ

1988年8月21日生まれ、韓国出身。2010年に韓国女子ツアー賞金女王となり、11年から日本ツアーに参戦。15年に7勝、16年は5勝して2年連続で賞金女王となる。ツアー通算21勝。19年12月に俳優イ・ワン氏と結婚。23年シーズンをもって日本ツアーからの引退を発表した。愛称は“スマイル・キャンディ”。延田グループ所属。

取材・構成/キム・ミョンウ

1977年生まれ、大阪府出身の在日コリアン3世。新聞記者として社会・スポーツ取材など幅広い分野を担当。その後、編集プロダクションを経てフリーに転身。2010年、サッカー北朝鮮代表の南アフリカW杯出場決定後、日本メディアとして初めて平壌で代表チームを取材し、『Number』に寄稿。2011年から女子プロゴルフの取材も開始し、日韓の女子プロとも親交を深める。現在は女子ゴルフとサッカー、アスリートインタビューなどを中心に雑誌やWEB媒体に寄稿。著書に「イ・ボミ 愛される力」(光文社)。

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