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- 「ジャンボ」「ジェット」「ジョー」ゴルフ界最強の3兄弟 健夫・直道が墓前で明かした兄との“最後の会話”
昨年12月23日に逝去されたジャンボこと尾崎将司氏の四十九日法要が2月5日、故郷の徳島・海陽町(宍喰地区)の大日寺でしめやかに営まれました。ゴルフ界最強の兄弟として共に戦った2人の弟が兄について語りました。
「兄がいない人生というのは経験がないから…」
ジャンボが故郷・宍喰に還りました。
昨年12月23日に逝去したジャンボこと尾崎将司さん(享年78)の四十九日法要と納骨式が2月6日、徳島県海陽町(旧宍喰町)でしめやかに営まれました。通算113勝(ツアー94勝)、5年連続を含む12回の賞金王など、巨星と呼ぶにふさわしい偉業を達成したジャンボ自身もさることながら、見過ごしてはいけないのがジャンボブラザーズと呼ばれた「ジャンボ」「ジェット」「ジョー」の3兄弟が成し遂げた輝かしい実績。全員が同じ分野でトップクラスの成功を収めた例は、世界でも非常にまれです。
そのトップランナーだったジャンボが自ら建てたお墓に納まった時、遺された2人の弟が、今の思いを語ってくれました。
すぐ下の弟、健夫(ジェット)といえば、兄と同じ海南高(合併して海部高→2006年閉校)のエースでヤクルトアトムズ(現スワローズ)からドラフト指名を受けながら兄の後を追ってプロゴルファーに転向しています。それだけに訃報を聞いた直後の「兄がいない人生というのは経験がないから、今までよりもこれからが寂しいし苦しいと思う」の言葉通り、時折涙をぬぐう場面がありました。

そんな兄との会話は、天へと召される10日前。末弟・直道と軍団の大番頭と呼ばれた飯合肇の3人で病床を見舞っています。
「その時は元気があって、本人は『誕生日(1月24日)ぐらいに、ぴったし逝きたいな』みたいなのこと言っていた。新しいすごい薬入れれば、医者ももっと生きてられたといってたし、家族にとってはそれが望みだろうけど、これから1年も2年もというのは本人が絶対嫌だということだから。それ(別の抗がん剤の投与の放棄)は自殺行為っていう話かも分からんけど、それも潔しか……。そう、潔しだろうね。だってもう、その時にはもちろん100%の覚悟決めていたから」
健夫は1981年の米ツアーQTを一発で突破して杉本英世、青木功に次ぐ3人目のツアーカード保持者になっています。アメリカ滞在中には飛ばし屋たちを相手にドライビングディスタンス1位を獲得するなど「兄以上の素質の持ち主」と注目を集め続けた逸材で、日本プロ2勝、日本シリーズなど公式戦を含む14勝を挙げています。
ジャンボの背中を追い続けた71年。「今までいつも一緒で、全てを教えてくれた」兄を失った悲しみと寂しさが、まだまだ続くことを、その表情が物語っていました。
末弟・直道(ジョー)も、亡くなった直後に「プロゴルファー、ジャンボ尾崎というより、徳島の兄やんが思い出されます」と語っていましたが、この日もその思いをかみしめながら、“リーダー”ジャンボへの思いを口にしました。
「今になるとなんかね、ゴルフのことより、もう本当に、兄貴っていう感じの存在でしか湧いてこないんだよね。(アカデミーの)女の子らに聞いても分かるように、(手とり足取り教えるというよりは)背中じゃないかなと思うんだよね。視線と背中っていう感じかな。それだけで(教わる者の気持ちが)『キリッ』と締まって『やんなきゃ』っていう気にさせる。この存在感っていうのはすごいなと思いますよね。(そんな指導者は)なかなかいない」
「おまえはチャンスがあるんだから出ろ」
尾崎家にとっても忘れられない大会が、3兄弟の父・実さん逝去の報が飛び込んだ1991年のゴルフ日本シリーズ。賞金王の初タイトルがかかっていた直道を、欠場を決めた2人の兄が「おまえはチャンスがあるんだから出ろ」と説得。初日夜に行われた通夜の後、直道だけが2日目の朝、ヘリで会場に駆け付けて出場を強行します。

大会の4日間は心身ともに疲労の極致にありながら奇跡的なショットも連発し、見事優勝。賞金王に輝いています。「あの時は『僕だけ親不幸モンか……』と思いながら、ボロボロになってやっていたけど『ダメだ』と思ったショットが林から出て来たり……。あれって、どういう力が働いていたのか。親父の力なのか。その力ってすごいと思わない?」と、並んだ先祖代々の墓とジャンボの墓を見つめながら、語ってくれました。
1999年に2度目の賞金王に輝き、通算32勝で永久シードも獲得。米ツアーにも進出した活躍への大きなステップがまさにこの年でした。
尾崎3兄弟の伝説はこれからも長く語り継がれていくはずです。その出発点である宍喰に建てられたお墓は、数々のストーリーを思い出させてくれる場所になるのかもしれません。
取材・文/小川朗
日本ゴルフジャーナリスト協会会長。東京スポーツ新聞社「世界一速いゴルフ速報」の海外特派員として男女メジャーなど通算300試合以上を取材。同社で運動部長、文化部長、広告局長を歴任後独立。東京運動記者クラブ会友。新聞、雑誌、ネットメディアに幅広く寄稿。(一社)終活カウンセラー協会の終活認定講師、終活ジャーナリストとしての顔も持つ。日本自殺予防学会会員。(株)清流舎代表取締役。
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