金澤志奈の「お辞儀」にだぶらせた申ジエの「謙虚」と「感謝」

◆国内女子プロゴルフ<ニッポンハムレディスクラシック 3日目◇10日◇北海道・桂ゴルフ倶楽部 6763ヤード・パー72>

自力で生計を立てながら腕を磨いた学生時代

 ニッポンハムレディースの予選2日間は、選手たちのスタート風景を、しばし眺めた。

 ほぼ四半世紀ぶりに日本の女子ツアーの試合会場に足を運んでいる私にとって、この場ですぐに顔と名前が一致する選手は、かつて米女子ツアーで取材した横峯さくら、大山志保など数人しかおらず、それ以外の選手はほとんど馴染みがないというのが現状だ。

高額賞金のアース・モンダミンカップ4位タイで大きく躍進した金澤志奈 写真:Getty images

 そんな中、3日目の朝を迎えたとき、私の記憶に強く残っていたのは、金澤志奈だった。その理由は、スタートホールで見せた彼女のお辞儀が何か不思議な特別感を醸し出しているように感じられたからだと思う。

 日本人のお辞儀は、日本で生活していれば、何ら特別なことではなく、誰もが当たり前に行なうものだ。

 しかし、欧米人の目には、とても厳かな儀式のように映る。松山英樹が今年のマスターズを制覇したとき、早藤将太キャディのお辞儀が海外で大きな話題になったのも、そういう「お辞儀事情」が背景にあったからである。

 そして、25年以上も米国で生活してきた私の目にも、日本で見るお辞儀は、何か特別な儀式のように映る。2日目のスタートホールでたまたま目にした金澤のお辞儀には、そういう特別感とメッセージ性が強く感じられ、だからこそ、彼女の顔と名前が私の脳裏に焼き付き、自ずと興味が沸いた。

 茨城県出身の金澤は8歳でゴルフを始め、ジュニア時代は数々のタイトルを獲得した。しかし、同世代の女子選手たちが高校卒業後にこぞってプロの世界へ進んでいった一方で、金澤は千葉県内にある中央学院大学へ進学。

 一人暮らしを始めた金澤は、実家からの仕送りをもらわず、キャディのアルバイトをして自力で生計を立てながらゴルフの腕を磨いたという話を伝え聞いた。

 ナショナルチーム入りを果たした2016年、日本女子学生ゴルフ選手権で優勝し、本格的にプロを目指そうと決意して、4年生になるはずだった大学をきっぱり辞めた。

 そして、2017年7月にプロテスト一発合格。その2か月後にステップ・アップ・ツアーで1勝を挙げ、2018年からはJLPGAにフル参戦。賞金ランキングをじわじわとアップさせ、今週はランク23位で桂ゴルフ倶楽部にやってきた。

 首位と5打差の11位タイで迎えた3日目。1番ティに立った金澤は、予選2日間と同じように、自分の名前が呼ばれるまでの間、ティの後方に立つギャラリーの方へ体をしっかり向けて直立不動。

「金澤志奈」というアナウンスを耳にすると、後方へきちんと一礼し、斜め後方にも、さらに一礼。そんな一連の動作が、なぜだか、とても際立って感じられた。

世界ランキング1位になっても忘れない感謝の心

そのゴルフに臨む姿勢が韓国人選手だけでなく日本人選手のロールモデルともなっている申ジエ 写真:Getty images

 聞けば、金澤のコーチであるキム・エスクさんが韓国出身選手である申ジエのマネジメント業務を担っている関係で、金澤はしばしばジエと一緒に練習する機会があるそうだ。

 幼いころに母親を交通事故で突然失った申は、貧しい生活の中、幼い弟や妹の母親代わりになりながら、家族全員を支えてきた。

「ゴルフができるだけで幸せ。ゴルフがあるから私は家族を支えることができている。ゴルフをさせてくれた周囲のみなさんには、どんなに感謝しても感謝しきれない」

 アマチュア時代も、全英女子オープンを制したときも、申はしみじみそう語ってくれた。

 そんな申と米女子ツアーで何度も接してきた私は、いつも申に感じていた謙虚さや感謝の心とよく似たものを、日本で初めて間近に眺めた金澤の丁寧なお辞儀の中に感じたように思えてならない。

 雨に降られた3日目はスコアを3つ落として31位タイへ後退したが、最終日は胸の中にある想いを1番ティのお辞儀にひっそり込めて、元気に発進してほしい。そして、いつか必ず初優勝を挙げてほしい。

 金澤のお辞儀を眺め、彼女と申を重ね合わせながら、私はそんなことを考えていた。

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