OBであろう球がことごとくセーフ?
ゴルフの隠語で“卵を産む”というのがあります。
OBや林、ラフなどにボールが飛んでロストの可能性があるとき、着弾地点の周辺でインプレー以外のボールをあたかも自分が打った球であるかのごとく地面に落とすことを示すスラングです。まるで鳥が卵を産むかのような不正行為を揶揄してこう言われます。

「この前参加したコンペで“卵を産んだ”人がいたらしいですね」
「前半はOBであろう球がことごとくセーフ。後半は同伴者が球探しについて行ったら、OB3回だったとか。前半だけしか“卵”を産めなかったんでしょう」
このような不正プレーは、コンペや初対面の人とのラウンド、あるいは“ニギリ”(賭けゴルフ)で高額を賭けているケースなどでまれに起こると言われます。
アマチュアが普通に楽しむラウンドでは考えられませんが、この手の不正は昔々、ゴルフ発祥のスコットランドでも使われていたようなのです。
『摂津茂和コレクション ゴルフ千夜一夜』(1992年ベースボール・マガジン社刊)には、この不正プレーを指弾するショートストーリーが収録されています。さっそくご紹介しましょう。
ある日スコットランド人とアイルランド人が、当時主流だったマッチプレーゴルフをしました。
英国では、スコットランド人とアイルランド人とが引き合いに出れば、どちらがケチか狡猾(ずるい)か、風刺や論争の対象にすらなっていたそうです。両者が揃ってゴルフをするとなれば、たとえ自分は相手の目の届かないところで“ズル”をしても相手には決してそれをさせまいと、互いに互いのプレーを監視して回ったと言います。
両者がスタートで取り決めたベットの金額は1シリング(かつての英国の貨幣単位で1ポンドの20分の1。当時の貨幣価値で3000~4000円相当と考えられる)。
16番を終えて、2ダウンと形勢不利に追い込まれたのはスコットランド人です。彼は石にかじりついてでも1シリングを逃すまいと、17番ティーで渾身の力をこめてドライブ。そのせいか、ボールは激しくフックして左の深いラフへ飛び込んでしまいました。
するとスコットランド人は、血相を変えて走っていってボールを探しはじめたのです。当時の規則では、ロストボールはそのホールの負けになる習わしだったからです。
やがてスコットランド人は「あった! やれやれ、ここに私のボールがあった!」と、大きな声で叫びました。
一方、それを聞いたアイルランド人は「嘘をつくんじゃない!」と、ピシャリ。
いつの間に拾ったか、相手のボールをポケットから取り出して毅然とした態度で突きつけたのです。