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高校生の時には決めていた!? リッキー・ファウラーが故郷の練習場を買収した“彼らしい理由”とは?
長いスランプを経て、7月のロケット・モーゲージ・クラシックで1610日振りの復活優勝を果たしたリッキー・ファウラー。そんな彼が、故郷のゴルフ練習場を「買い取った」という。R・ファウラーが今、安くない買い物をした理由とは。
以前から決めていた「故郷の練習場買収」
今年7月のロケット・モルゲージ・クラシックを制し、2019年のWMフェニックス・オープン以来、実に4年4カ月21日ぶりの復活優勝を果たしたリッキー・ファウラーが、幼少時代から腕を磨いてきた故郷のゴルフ練習場を「買い取った」ことが、米メディアによって一斉に報じられた。

そのタイミングは、カムバック優勝で久しぶりに手に入れた破格の賞金で高い買い物をしたかのように思えるかもしれない。
だが、どんなときも「僕は誰かのために勝ちたい。それが、僕がプロゴルファーでいることの意味だ」というファウラーは、自分のゴルフの出発点である練習場を「大金を得たから買い取る」というタイプではない。
よくよく調べてみたら、ファウラーがその練習場を自分が買って維持していこうと心に決めたのは、驚くなかれ、彼がまだ高校生のときだったことがわかった。
ファウラーが3歳から通いゴルフの礎を築いた練習場
ファウラーが購入したゴルフ練習場は、カリフォルニア州ロサンゼルスから車で1時間半ほど南下したマリエッタという街にある「マリエッタ・バレー・ゴルフレンジ」だ。
米ゴルフウィーク誌によれば、かつて米国のミニツアーで戦っていたプロゴルファーのビル・テスドールが、15エーカーの土地をリースし、天然芝から球を打つことができるこのドライビングレンジをオープンさせたのは、1992年のことだったそうだ。
テスドールは、このエリアで定評があったゴルフインストラクターのバリー・マクドンネルを専任コーチとして招き、「たくさんの子どもたちが存分に練習し、腕を磨くための最高の場にしていこう」と誓い合った。
3歳のファウラーが祖父ユタカに連れられて、ここへやってきたのは、オープンから2カ月後のことだった。
初めて来場した日、ファウラーは1カゴの球を自由に打ち、ただ楽しんでいる様子だったが、翌日もファウラーは祖父に連れられてやってきて、今度は2カゴの球を打った。
そして、さらにその翌日。ファウラーは、今度は両親に連れられてやってきて、両親は「この子にレッスンをお願いします」と依頼。それが、ファウラーのゴルフの始まりだった。
以後、祖父に連れられたファウラーは毎週水曜日にマリエッタ・バレーを訪れ、マクドンネルから手ほどきを受けながら日暮れまで球を打ち続けた。
「すごい才能だ。すごいゴルファーになる」
コーチのマクドンネルも、オーナーのテスドールも、すぐさまファウラーが持つ潜在能力に気付き、それを開花させたいと願うようになった。
だからこそ、ファウラーには「好きなだけ球を打っていいよ」と伝えたが、ファウラーの父親ロッドは「それでは申し訳ないから」といって、時間を作っては砂や土を運び入れ、練習場施設や駐車場の修理を行なったそうだ。
自分のために、そうした作業を率先して行なっている父の支えに報いるために頑張ろう。コーチやオーナーの応援や支援に応えるために頑張ろう。そんな想いがファウラー少年の胸の中に芽生えたからこそ、後に彼は「誰かのために勝ちたい」と願うプロゴルファーになったのだと思う。
ある日、地元のハイスクールのトーナメント会場に来ていたファウラーの母親リンが、テスドールに、こんなことを告げたそうだ。
「いつかアナタが練習場経営からリタイアする日が来たら、リッキーはアナタの練習場を買い取って、自分がずっと維持していくんだといっているんです」
ゴルフボールを存分に打たせてもらい、成長させてもらっている「ありがたい故郷」だからこそ、自分が維持し、次代の子どもたちの故郷にしていきたい。ファウラーが、まだ高校生にして、そんなことを思い描いていたことに驚かされたが、その想いを「昔話」にすることなく、有言実行したところには、さらに驚かされた。
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