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マキロイはなぜ“ウッズの大会”ではなく“豪州OP”に出場したのか? グランドスラムの次に達成したい“リスト”とは
松山英樹が2度目の大会制覇を成し遂げた“タイガー・ウッズの大会”ヒーロー・ワールドチャレンジ。スコッティ・シェフラーら世界のトップ選手が集うなか、ローリー・マキロイの姿はそこになかった。華々しい舞台をスキップして、マキロイがオーストラリアオープンに出場したのはなぜなのか?
「DPワールドツアーやPGAツアーは昔より重みがなくなってきている」
そうしたことが分かっても、マキロイがそれほどオーストラリアオープンにこだわることが、依然として不思議に感じられたのだが、彼の歩みをさらに遡ってみると、興味深いことが分かった。
マキロイは16歳だった2005年にアマチュアとして同大会にデビューした。その年は実に20名ものアマチュアがスポンサー推薦を受けて出場しており、マキロイもその一人だった。
当時のマキロイは、将来有望なアマチュアとして、すでに大きな注目を集めていたのだが、あのときの大会はオーストラリアオープンがスポンサー確保に窮していて、出場選手の顔ぶれも年々さびしくなっていたことを豪州出身選手のマーク・ヘンズビーが憂慮し、挙句の果てには「グレッグ・ノーマンが母国のナショナルオープンを軽視している」などと激しく批判して大騒動へ発展。そのため、マキロイに対する注目はすっかり薄らいでしまった。
マキロイは16歳のアマチュアにして、そしてオーストラリアオープンのデビュー戦にして、大会存続の危機や選手の悲痛な声を直に聞かされ、その体験が彼の中に焼き付けられ、「なんとかしたい」「なんとかしなければ」という想いが植え付けられたのではないだろうか。
歴史ある大会を「もっと輝かせたい」というマキロイの願いは、言い換えれば、彼の中に芽生えたゴルフ界の「大会起こし」的な思いと言っていい。
「もちろんメジャー大会ではもっと勝ちたいし、ライダーカップでももっと勝ちたい。でも、DPワールドツアーやPGAツアーどうこうということは、(僕の中では)昔より重みがなくなってきている。これからはメジャー大会とライダーカップにフォーカスしつつ、この15年で構築してきたものをレガシーとして築き上げていきたい」
そのために、マキロイがまず取り組み始めたのが、オーストラリアオープンを「もっと輝かせること」なのだ。
マキロイは、その次はどこでどんな「大会起こし」に挑むのだろうか。是非とも、日本の男子ゴルフ界の「ツアー起こし」「大会起こし」をお願いしたいものである。
文・舩越園子
ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学客員教授。東京都出身。百貨店、広告代理店に勤務後、1989年にフリーライターとして独立。1993年に渡米。在米ゴルフジャーナリストとして25年間、現地で取材を続け、日本の数多くのメディアから記事やコラムを発信し続けてきた。2019年から拠点を日本へ移し、執筆活動のほか、講演やTV・ラジオにも活躍の場を広げている。
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