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女子ツアーでの騒動に思う…米ゴルフ界に伝わる「キャディーが守るべき3つの“アップ”」とは?

2022.06.29 舩越園子(ゴルフジャーナリスト)
アース・モンダミンカップ キャディー 国内女子ツアー 砂場Talk(バンカートーク) 米国男子ツアー

国内女子ツアーのアース・モンダミンカップで起こった大西葵と大江順一キャディーが口論になった騒動。選手とキャディーの関係性について改めて考えるきっかけになったかもしれない。

キャディーの機転が選手の運命を大きく変えることも

 日本の女子ツアー、アース・モンダミンカップで起こった選手とキャディーの揉め事は、プロキャディーの在り方はもちろんのこと、選手の在り方、さらには日米プロゴルフ界の違いに対しても、あらためて考えさせられた出来事だった。

2007年、ザック・ジョンソンをマスターズ制覇に導いたデーモン・グリーン 写真:Getty Images

「いいキャディー」とは、どんなキャディーのことを指すのだろうか。

 その昔、PGAツアーの大ベテラン選手だったスコット・ホークは年齢とともに視力が低下し、ラインが見づらくなっていったが、そんなホークの「目」となってラインを読み、ホークにさらなる勝利をもたらしていったのは、長年の相棒キャディー、デーモン・グリーンだった。

 そんな折り、下部ツアーを席捲し、PGAツアー入りを決めたザック・ジョンソンは「僕のキャディーになってほしい」とグリーンに懇願。グリーンはボスであるホークに相談すると、ホークは「プロキャディーとしてのキミのキャリアにおける選択だ。好きなようにしなさい」と言ってくれたそうだ。

 2004年からジョンソンのキャディーになったグリーンは、飛距離が出ないジョンソンが勝つためのコース攻略を巧みに助言。若いジョンソンを叱咤激励し、07年マスターズ制覇と15年全英オープン制覇へ導いた。

 21年の秋。下部ツアーのコーンフェリーツアーでは、予選会最終日にこんな出来事があった。

 上位40位に食い込めば、翌シーズンの出場権が手に入るというぎりぎりの位置でプレーしていたマーク・アングイアーノのティーショットは大きく右に飛び出し、OB杭のすぐそばへ。

 ルール委員が2本のOB杭を紐で結び、アングイアーノのボールは紐の外側と判定。OBを言い渡されたアングイアーノがティーイングエリアへ戻り、第3打を打とうとした瞬間、彼のキャディーが「ちょっと待った!」と声を上げた。

 キャディーいわく、紐を張った2本のOB杭のうちの1本は、そのエリアに立てられていた白いOB杭の列の一番最後に立っていた杭だったのだが、他のすべてのOB杭のベース部分にマル印がペイントされているのに「このラスト1本の杭だけマルがない」と指摘。

 よくよく調べてみたら、その最後の1本は、すぐそばの民家の持ち主が自分の庭を保護するために勝手に立てたニセモノとわかり、「OBではない」と判定されたアングイアーノは無罰でボールをリプレース。
このホールをパーで収め、翌シーズンの出場権を獲得した。キャディーの冷静な状況観察が無かったら、彼の翌シーズンは「流浪の1年」になっていたのかもしれない。

米ツアーは選手層も厚いがキャディーの競争も激しい

 米ゴルフ界は選手層が厚いが、プロキャディーの層はそれ以上に厚く、競争も激しい。

 戦いの第一線でグッドプレーヤーのバッグを担ぎたい一心で、まだボスが決まっていないプロキャディーたちは試合会場やその近辺に足繁く出向き、ウエイティングをしながらチャンスを待つ。

 そして、ひとたびチャンスをつかんだら、死に物狂いで選手のために力を尽くす。

 選手がキャディーを「相棒」にする基準は、状況判断、距離判断、経験値といったキャディーとしてのプロフェッショナルな技量や能力が第一となるが、それらに加え、相性や人間性も大いに重視される。

 米ゴルフ界では「キャディーには守るべき3つのアップがある」と言われている。決められた時間と場所に現れる(Show up)こと。選手にしっかり付いていく(Keep up)こと。余計なことをしゃべらず、黙って仕事をする(Shut up)こと。

 端的に言えば、キャディーとしての仕事があることに感謝し、黙々と謙虚に職務を遂行せよという教えだが、これらを率先して行えるような人間性が備わっていない限り、厳しい戦いの場で選手をサポートし切ることはできないだろう。

 松山英樹がマスターズを制したとき、18番のピンフラッグを抜き取り、ひっそりと一礼した早藤将太キャディーの言動は、そんなキャディーの理想像を見事に体現していたからこそ、人々の心に響き、大きな話題になった。

 今年のマスターズ覇者、スコッティ・シェフラーの相棒キャディー、テッド・スコットは、バッバ・ワトソンとともに挙げたマスターズ2勝と合わせ、オーガスタナショナルにおける3つ目の優勝フラッグを手に入れ、「いつか僕自身がレッスンスタジオを開くことができたら、この優勝フラッグをその壁に飾るのが僕の夢です」と、しみじみ語った。

 雇い主である選手の側も、自分のために力を尽くしてくれているキャディーに心から感謝し、その気持ちを言葉や行動で示している。

 昨年、東京五輪で金メダリストに輝いたザンダー・シャウフェレは「僕にはゴールドメダルがあるけど、キャディーには何もない」と言って、五輪のマークをあしらった特製の「ゴールドリング」をオーダーメイドで作り、相棒キャディーに贈ったそうだ。

食事をする場所も選手とキャディーは別々

 ところで、米ゴルフ界の選手とキャディーは、案外、一緒に行動する時間が短いことをご存じだろうか。

 というのも、試合会場のクラブハウス内にあるレストランやラウンジは選手とその家族だけの専用スペースとされており、キャディーには専用のテントやバンを改造した大型車が食事の場として提供されることが多い。そして、選手とキャディーは宿舎も別々。試合会場への往復も別々だ。

 ある意味、会社に出勤するのと同様で、選手とキャディーは試合会場で「おはよう」と挨拶し合って仕事を開始し、その日のプレーを終えたら「お疲れ様。また明日」と言って別れる。

 選手がキャディーを、キャディーが選手を、自分のビジネスパートナーとして尊重し、それぞれのプロフェッショナル性を認め合っているからこそ、お互いが独立した行動を取ろうという考え方になる。

 ツアーや大会側も同じように考えているからこそ、選手には選手用、キャディーにはキャディー用の場所や空間、サービスを提供しているのだ。

 そういう環境の下で、選手は選手として、キャディーはキャディーとしての自覚や意識が強められ、自分の職業や役割をより強く認識するようになる。

 日本の場合、かつては選手とキャディーが一緒に行動する時間と範囲が欧米のそれより格段に長く広かった。最近はだいぶ米国流に近づいたとはいえ、まだまだキャディーがプロとは別個の存在として十分に認められていない面もある。

 食事さえ一緒にとらない米国流の一見クールでビジネスライクな「別々の関係」が、選手とキャディーの独立性と分業制をより効果的に醸成してくれる効果は見込めるのではないかと私は思う。

選手には雇用主でありリーダーとしての自覚が必要

 話を先週の日本の女子ツアーでの出来事に戻そう。アース・モンダミンカップの初日のラウンド中、大江順一キャディーが大西葵と揉めた末、怒声を上げ、職務を放棄して去ったという当初の報道には、多くの人々が驚かされ、だからこそ大騒動に発展した。

 この内容のどこまでが真実なのか、現場にいなかった人間には知るよしもない。

 だが、過去にも似たような騒動を起こした彼を雇った選手や選手の周辺のチームの側も、プロキャディーを選ぶ際の情報収集や認識が少々甘かったのではないだろうか。

 心情的には、大西選手に対して「大変でしたね」と言ってあげたい。だが、彼女は大江キャディーの雇用主であり、キャディーの言動に対する責任は雇用主である彼女にあった。

 2人の意見が対立して揉めたのなら、迅速に解決するための努力をする責任があり、キャディーが悪態をついたり職務を放棄したのなら、同組の選手や他のすべての選手に迷惑をかけることを一刻も早く阻止すべく、プレーの進行を早める最大限の努力をする責任と義務は、やっぱり彼女にあった。

 雇用主である選手は、例えるなら社長や店長、リーダーであり、社会の中で円滑な活動を行なえるよう努力することが求められる。トラブルが発生したら率先して収めるべきはリーダーであり、リーダーがあたふたしてしまったら、会社やお店はグダグダになる。

 何度も言うが、大西選手がその場で感じたであろう気持ちは察するに余りある。しかし、ツアーで戦うプロならば、厳しい言い方になるが、「泣くのをこらえて、もっと毅然と対応すべきだった」と言わざるを得ない。

 プロゴルファーには強い気概とプロ意識をしっかり抱いていてほしい。プロキャディーにも高い職業意識を抱いてほしい。どちらにも感謝の心や謙虚さを忘れないでほしい。

 そして、お互いの信頼と助け合いの下、息の合った二人三脚で素晴らしいプレーを披露してほしい。「これがゴルフの戦い方だ」という手本や素敵な物語を見せてほしい。

 その姿が人々の心に響き、そこにゴルフの感動が生まれるのではないだろうか。

舩越園子

ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学客員教授。東京都出身。百貨店、広告代理店に勤務後、1989年にフリーライターとして独立。1993年に渡米。在米ゴルフジャーナリストとして25年間、現地で取材を続け、日本の数多くのメディアから記事やコラムを発信し続けてきた。2019年から拠点を日本へ移し、執筆活動のほか、講演やTV・ラジオにも活躍の場を広げている。

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