「誰かのためでなければプレーする意味はない」 優しすぎるから勝てない? R・ファウラーが水筒を持ち運ぶ理由 | e!Golf(イーゴルフ)|総合ゴルフ情報サイト

「誰かのためでなければプレーする意味はない」 優しすぎるから勝てない? R・ファウラーが水筒を持ち運ぶ理由

今年の全米オープン、ウインダム・クラークと首位タイで最終日をスタートしたリッキー・ファウラーはトゥデイ5オーバーに沈み、またしてもメジャーチャンピオンの座を逃した。しかし、ファウラーの本当の強さと凄さが垣間見られたのは、勝敗が決まった後、クラークに思いやりのこもった言葉で賛辞を贈ったときだった。

「キミのお母さんが今ここにいたら、きっとキミのことを誇りに思う」

 全米オープン最終日を迎えたとき、29歳のウインダム・クラークと34歳のリッキー・ファウラーは、どちらも通算10アンダーで首位に並んでいた。

勝者となったウインダム・クラークをハグし、思いやりのこもった賛辞を送ったリッキー・ファウラー 写真:Getty Images
勝者となったウインダム・クラークをハグし、思いやりのこもった賛辞を送ったリッキー・ファウラー 写真:Getty Images

 しかし、終わってみれば、イーブンパーで回ったクラークは通算10アンダーで勝者に輝き、75を叩いたファウラーは、またしてもメジャー優勝のチャンスを逃し、通算5アンダーで5位タイに甘んじた。

 しかし、ファウラーの本当の強さと凄さが垣間見られたのは、勝敗が決まった後だった。

 ガッツポーズを取り、相棒キャディーと抱き合って喜んでいたクラークにファウラーは歩み寄り、祝福のハグをしながら、こう囁いた。

「亡くなったキミのお母さんが今ここにいたら、きっとキミのことを誇りに思うって言っていたと思う」

 クラークが19歳で最愛の母親を乳がんで亡くし、天国の母への想いを抱きながら戦っていたことは、すでにゴルフ界では周知のストーリーだった。だが、敗北した直後に、こんな言葉を口にできるのは、きっとファウラーしかいないだろうと思う。

「こんな言葉」とは、言うほうも言われたほうも、ちょっぴり気恥ずかしくなりそうなキザな言葉だが、とても潔く、とても心優しいグッドルーザーの言葉だ。

 しかし、「こんな言葉」を敗北直後に真顔で口にできてしまうファウラーは、だからこそ、メジャーで勝てないのだろうか。

「誰かのためにゴルフをすることは許されないのか?」

 ファウラーがPGAツアーにデビューしたのは、石川遼より1年遅い2010年からだった。端正な顔立ちと優れたファッションセンスを身に着けていたファウラーは、瞬く間に国民的人気を博すスター選手になった。

 しかし、初優勝までには2年、そこから2勝目までには、さらに3年を要した。「人気ばかりで過大評価されている」と、米メディアから指摘されたこともあった。だが、15年に年間2勝を挙げたことで、メディアからの揶揄を自ら払拭。17年にはホンダクラシック、19年にはフェニックスオープンを制して通算5勝を挙げた。

 だが、メジャー大会では優勝に迫りながらも惜敗を繰り返し、14年はメジャー4大会すべてで優勝争いを演じた末、いずれもトップ5に終わった。

 やがて、ファウラーは「優しすぎるから勝てないのでは?」と言われるようになった。自分の雄姿を目の前で見たことがなかった父と祖父のために勝ちたいと願い、家族のため、友のため、難病と闘いながら懸命に生きていた少年のため、災害被害を受けた少年のため、常に誰かのために勝ちたいと言ってきたファウラーは、「だから勝てない」「優しすぎるアスリートは勝てない」と言われるようになった。

 しかし彼は毅然と、こう言い返した。

「誰かのためにゴルフをすることは許されないのか? それなら僕がプロゴルファーでいる意味はない。僕は常に誰かのために勝ちたいんだ」

補欠の繰り下がりを待った昨年は出番が来ず

キャディーのこと思いやり、自ら水筒を持ち運ぶリッキー・ファウラー 写真:Getty Images
キャディーのこと思いやり、自ら水筒を持ち運ぶリッキー・ファウラー 写真:Getty Images

 長年の恋人アリソンと結婚し、21年には長女マヤが生まれた。夫となり、父親となったファウラーの私生活面は充実したが、その幸せと反比例するかのように、彼のゴルフは不調に陥った。

 スイングを変え、キャディーを変え、コーチも変えたが、世界ランキングは下降の一途となり、近年はメジャー大会への出場資格獲得にも四苦八苦する状態だった。

 昨年の全米オープンでは、オルタネート(補欠)1位で試合会場に入り、初日の朝は練習場で球を打ちながら「出番」が来るのを待っていた。だが、そのチャンスは巡ってこなかった。

 しかし、今季はようやく調子が上向き、7度のトップ10入りを果たしたことで世界ランキングのトップ60にランクインして、今年の全米オープン出場資格を得た。

 そんなふうにファウラーのゴルフの成績と彼の位置づけは、上から下へ、下から上へと大きく変動してきた。だが、彼の姿勢や在り方は、どんなときもまったく変わってはおらず、何よりそこに驚かされる。

 ラウンド中は大好物のピーナッツバターを塗った小麦ブレッドにバナナを挟んだサンドウィッチを食べる。

「僕はラウンド中、人一倍、水を飲む。だから、たっぷり水を入れた水筒を持ってコースに出る。でも、その水筒は結構な重さになる」

 だからファウラーは、ただでさえ重いゴルフバッグを担いでいるキャディーにさらなる負担をかけないために、ラウンド中は自分で水筒を持って歩いている。

 ショットするときだけキャディーに手渡し、ショット後は再び水筒を受け取って、当たり前のように水筒を手にして歩いている選手は、ファウラー以外には1人も見当たらない。

 今大会3日目の最終ホールでは、短いパーパットがカップに蹴られた瞬間、ギャラリーから「何をやっているんだ!?」と、野次を浴びせられた。

 しかし、ファウラーはすかさず「全米オープンで首位を走っているんだけど……」とジョーク交じりに言い返し、グリーン際のギャラリーを沸かせていた。

 不甲斐ないプレーをしてしまったときでさえ、ユーモラスな対応で観衆を楽しませ、3パットの痛恨の締め括りになってしまっても、いつもと変わらず、待っていたギャラリー全員に日暮れまでサインをし続けたファウラーは、彼の言葉通り、「誰かのためにゴルフをしている」のだと思える。

「誰かのために」と願うファウラーの言動にはウソがない

 どれだけ惜敗を繰り返そうとも、たとえ成績が低迷していても、そして再び優勝争いに絡んだ今回も、ファウラーが常に人気者であり続けている理由は、「誰かのために」と願う彼の言動にウソがないと感じられるからではないだろうか。

「僕は、子どもたちやゴルフファンから憧れられる存在になりたいと思ったことは一度もない。僕はいつも僕自身でありたい。僕は常に僕らしくありたい。ただ、それだけだ」

 全米オープン最終日。サンデー・アフタヌーンが暮れゆくとき、ロサンゼルスCCの18番グリーンでクラークに歩み寄り、「キミのお母さんが今ここにいたら……」と声をかけ、真心を込めて勝者をたたえたファウラーの姿は、「これぞ、リッキー・ファウラー」だった。

 そんなファウラーを目にすることができた今年の全米オープンは、いい大会だった。

 そして、ファウラーはまたしてもメジャーチャンピオンにはなれなかったが、彼は紛れもない本物のスターだった。

文・舩越園子
ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学客員教授。東京都出身。百貨店、広告代理店に勤務後、1989年にフリーライターとして独立。1993年に渡米。在米ゴルフジャーナリストとして25年間、現地で取材を続け、日本の数多くのメディアから記事やコラムを発信し続けてきた。2019年から拠点を日本へ移し、執筆活動のほか、講演やTV・ラジオにも活躍の場を広げている。

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