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実は3000泊の損失だった… フジサンケイクラシック立ち上げた開局1期生が現役組に喝!「ちゃんと中止の後始末を」 【小川朗 ゴルフ現場主義!】
フジサンケイレディスクラシックの中止による影響はやはり甚大。当初は700泊とも1000泊ともいわれた宿泊予約のキャンセルは最終的に3000泊にまで上ったことが分かりました。その悲惨な状況に、フジテレビ開局1期生でゴルフ事業立ち上げメンバーでもあるレジェンドOBも心を痛めています。
トーナメント仕様の川奈も結局15%が空き枠に終わる
約3000の宿泊予約が一瞬で溶ける悪夢から2カ月。温泉リゾート地・伊東(静岡県)から「フジサンケイレディスクラシック」の復活を望む声が上がるなか、フジテレビ開局1期生の草分け的存在からの緊急提言が発せられました。この声が、新体制へと届くのでしょうか。

ゴールデンウイークが明けて、観光地・伊東の繁忙期も一段落。それに伴い、来訪者数などのデータも出そろいつつあります。そこで気になるのが、4月25~27日に開催を予定されながら2月27日に中止が発表された「フジサンケイレディスクラシック」(川奈ホテルGC富士C)のある伊東市の結果。2カ月で大量キャンセルによる「消えた3000泊」をどこまで挽回できるかが課題となっていました。
結果はやはり、厳しいものになりました。「4月27日は前年比67%でした」(伊東温泉旅館ホテル協同組合の話)。3月12日時点で同大会のゼネラルプロデューサー・戸張捷氏が「1000件のキャンセルが出た」と語っていましたが、それどころではないことがのちに判明します。前出の組合関係者がこう明かします。
「選手も100人以上出場しますし、その家族や関係者、ボランティアも泊まられます。観戦で訪れる方ももちろんおられます。スタッフなどの関係者だけで500人から600人いて、月曜日から土曜日まで5泊から6泊されますので、少なくとも約3000泊は中止で“溶けた”んです」
昨年実績で言えば、参加選手は108人で、予選通過者は53人。ボランティアは初日145人、2日目161人、最終日は145人がトーナメントをサポートしました。川奈を訪れたギャラリーも初日から1880人、2832人、1853人の順で観戦しています。
「お泊りになられる方は伊東市に飲食代やお土産代やガソリン代などでお金を落としてくれます。そういった経済効果まで考えると大きいです」(前出の組合関係者)
トーナメントウイークのスタート2カ月前にして白紙に戻った川奈ホテルGC富士Cも、週末はトーナメントセッティングでの宿泊付きプレーを提案していましたが、結局「8割5分程度でした」(川奈ホテル関係者)。トップシーズンの川奈でのプレーが15%も空いていたとは、何とももったいない話です。
フジテレビの「自己都合」による大会の中止。伊東市に与えた損害は各方面に波及しており、数字に表れている以上のものとなっているに違いありません。こうした現実を、憤懣やるかたない思いで見つめている方がいます。1959年のフジテレビ開局と同時に入社した1期生で、戸張氏とともにフジサンケイクラシックの草創期を知る荻野史朗氏(元フジテレビスポーツ局長・ゼネラルプロデューサー)です。
4月24日に当コラムでアップされた〈フジサンケイレディス開催の“はずだった”伊東市はいま? 「1000泊キャンセル」「ツアー仕様の川奈に空き」で穴場に!?〉を読んで「早速、後輩の現場責任者を問いただしましたが、その反応は弱く、今日のフジテレビ問題を象徴するかのような有様が気になり、筆を執りました」と、筆者に設立当時の回顧録を送ってくれました。
「ゴルフの中継? フジテレビが?」と、けんもほろろの門前払い
フジテレビ最初のゴルフフイベント中継となるフジサンケイクラシックが産声を上げるのは1973年。ダンロップのスポーツ用品販売課に所属していた戸張氏が産経新聞の事業局に企画書を提出し、当時のフジサンケイグループ議長・鹿内信隆氏に企画を説明。「面白いからやってごらん、って言われて」(戸張氏)、第1回大会が高坂CC(埼玉県)で開催されます。

第7回大会から東松山CC(埼玉県)に移ったころ、戸張氏は慶応で同期の鹿内ジュニア・春雄氏と再会。「『これから俺がやるのは、楽しくなければテレビじゃない、という路線。だから楽しいところでやりたい。川奈あたりで』と言われたんです」(戸張氏)。
しかし開催まで1年を切り、時間がなくなっていく中、川奈との交渉は難航します。川奈では戦前に一度、日本プロゴルフ選手権が開催されましたが、その後は世界アマチュア選手権が1962(昭和37)年に開催されたのみ。後にPGAツアー会長となるディーン・ビーマン氏や中部銀次郎氏らがしのぎを削ったことはあるものの、敷居の高いゴルフ場として知られていました。一方で米誌の世界ゴルフ場ランキングでトップ100入りを果たすなどしてステータスが跳ね上がり、ゴルファー垂涎の的になっていました。
荻野氏は現在で言えばホールディングス的な位置付けだった大倉事業のほか、大倉商事、ホテルオークラなど名門・川奈ホテルの主な関連会社を回るものの、軒並み冷たくあしらわれました。
「選ばれた方がホテルに泊まり、翌朝はハワイに来たような感じでプレーをしてましたから、『ギャラリーが入ってゴルフ場が荒れるなんて、とんでもない。うちはそういうところじゃない』と、にべもなく断られていました。当時はフジテレビには実績もなく、『ゴルフの中継? フジテレビが? そもそもうちは必要ない』と、どこも体よく門前払い。まったくの閉塞状態に落ち込んでいきました」(荻野氏)
川奈ホテルとの直接交渉も不調に終わったある日、帰途の伊東駅前で荻野氏の目に飛び込んできたのが「伊東観光協会」の看板。「ワラをもつかむ思いで面会を申し込んだ」(荻野氏)ところ、同協会の牧野正専務理事(当時)が協力を約束してくれるのです。
「牧野さんは『川奈ホテルはこの観光協会の一員で、従業員はすべて伊東市民。フジサンケイグループをあげて伊東の観光事業をPRし、観光客の誘致に全面的な協力をしてくれるのであれば、一肌脱ぎましょう』と言ってくれました。ここからはトントン拍子で、当時の伊東警察署長にもお会いしたところ、動線についてのアドバイス(一方通行化)や公共交通機関の利用推奨の広報活動の徹底など、諸々の示唆に富んだ指導を頂けました」と荻野氏は当時の大逆転劇を振り返り、こう続けました。「だから(現役の後輩に)こういったんです。『あそこ(伊東)の組合とか、には大変世話になったんだよと。だからちゃんと(大会中止の)後始末しなきゃダメじゃないかと」。
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