霞ヶ関CCにプレーヤーとして足を踏み入れたら、五輪会場とはまったく違う顔が見えた【舩越園子の砂場Talk】

東京五輪のゴルフ競技会場として世界中にその名を知られるようになった霞ヶ関カンツリー倶楽部。日本のゴルファーが抱く憧憬も今までに増して強くなったに違いありません。そんな倶楽部でプレーする機会に恵まれたゴルフジャーナリストの舩越園子氏が、“普段の霞”をリポートします。

霞のレーンはマグノリアレーンより長し

 私が25年超のアメリカ生活にピリオドを打ち、日本に戻ったのは2018年暮れのこと。疲れた心身を癒そうとマッサージを受けに行ったら、女性マッサージ師がこんなことを言った。

霞ヶ関CCのスコアカード。これに自分のスコアを書き込む僥倖に恵まれるゴルファーはほんの一握り

「私はゴルフは全然やったことがないので、ゴルフ場に行ったこともないんですけど、ウチの近くにある名門と言われているゴルフ場の前を通るたびに、この扉の向こう側には一体どんな世界があるのかなぁと思います」

 欧米や世界の名門ゴルフコースに、毎年、いやいや、ほぼ毎週、当たり前のように足を運んで取材をしていた私にとって、彼女の言葉はとても新鮮に感じられ、ずっと私の頭の片隅に残っていた。

 今年8月、東京五輪のゴルフ競技を取材するため、私は競技会場となった霞ヶ関カンツリー倶楽部に、ほぼ2週間、毎日通った。毎朝、車で通ったルートは、同倶楽部の正門を右手に見ながら通過し、敷地外に車を停めて、そこから徒歩でメディア用のセキュリティゲートに向かった。正門を視界の右側に感じながら通り過ぎるとき、いつぞやのマッサージ師の、「扉の向こう側には、どんな世界があるのかなあ?」という言葉を、私は毎朝、思い出していた。

 もちろん実際は、入り口こそ異なっていたものの、私は毎日、正門の向こう側にある霞ヶ関カンツリー倶楽部の敷地内に足を踏み入れ、「向こう側」の世界をつぶさに観察しながら取材していたことになる。

 しかし、あくまでもメディアの視点でモノゴトを眺めていた私は、「どの選手がメダルを獲ることになるか」「なぜ、そう言えるのか」と、そんなことばかりを考えていたせいか、「日本の名門、霞ヶ関」にやってきたことを実感する以前に、「ああ、取材しなきゃ」と意気込むばかりだった。

 その後――。東京五輪の記事の中で私がうっかりおかした誤記をひっそりと指摘してくださった霞ヶ関のメンバーの方のご好意に甘え、先週、同倶楽部にお邪魔して、メンバー3名とのラウンドを楽しませていただいた。

 五輪取材の際はいつも通り過ぎていた正門を車でくぐった瞬間、「さあ、この門の向こう側はどうなっている?」と胸がドキドキした。美しい緑の芝に囲まれた小道をゆっくり走り、ようやく正面玄関へ。その小道は思ったより長く、高揚感を堪能する時間は十分あった。

 私を誘ってくれたメンバーの方は、かつてマスターズ観戦に訪れ、特別な事情によってオーガスタ・ナショナルのマグノリアレーンを車で通るという貴重な体験をされたそうで、「マグノリアレーンは思ったより短かったんですよ。霞のほうが長いでしょ?」と微笑んでいた。

 実を言えば、「マグノリアレーンは思ったより短かった」というフレーズは、タイガー・ウッズがマスターズに初出場した1995年大会の開幕前の会見の際に開口一番、口にした言葉と同じだった。

 残念ながら私は、マスターズ取材歴は20年超でもマグノリアレーンを通るチャンスには一度も恵まれなかったのだが、「霞のレーンはマグノリアレーンより長し」という比較表現がとても斬新に感じられ、なるほど、面白いなと思った。

コースを自分の家の座敷のように扱いなさい

霞ヶ関CCのクラブハウスに至る石畳

 いざ、コースに繰り出すと、良く晴れた青空に芝の緑と木々の紅葉が美しく映え、五輪取材のときには感じなかった「おお!これが霞ヶ関!」という感動を初めて覚え、自ずと頬が緩んでいった。

 とはいえ、コースそのものの説明や解説は、それを専門とされている方々にお任せするとして、私は「門の向こう側」で見知った私なりの小さな気付きを、ここでちょっとだけ書かせていただこうと思う。

 スタートホールのフェアウェイでメンバーの1人が銀色のコーヒーカップのようなものを手にしたまま、ボールの方へ歩いていった。

 あのカップにはマイ・ドリンクが入っている?いやいや、飲み物をあんなふうに芝の上に置くはずはない。不思議に思って眺めていたら、それは目土袋ならぬ「目土カップ」だとわかり、ちょっぴり驚いた。

 ふと気づけば、メンバー全員がほぼ毎回、クラブと目土カップを必ず持って次打地点へ向かい、丁寧に目土を行なっているではないか。

「コースを自分の家の座敷のように扱いなさいというのが、霞の教えなんです」

 なるほど。さすがだなぁと唸らされた。エチケットやマナーのみならず、さらに感心させられたのは、霞ヶ関でプレーする人々の装いである。

 同倶楽部のドレスコードが細かく規定されていることは、ゴルフ界では有名である。だが、いざその場に身を置いてみると、そうした規定はさておき、ゴルフウエアの色合いは黒、紺、茶色、明るめでもせいぜいグレーか、白ぐらい。カラーもデザインも本当に落ち着いていて、カラフルなウエアに身を包む若いプレーヤーが溢れるゴルフ場の風景と比べれば、「地味」「質素」と思えるほどだった。

 しかし、プレー後のメンバーたち、とりわけ女性メンバーたちが、シックで気品のある上質なスーツやジャケットに身を包み、装い新たにレストランに集まってきた光景は、英国ゴルフで垣間見たクラブライフを彷彿させるものだった。

 2000年代の始めごろ、「ロイヤル」の称号を持つ英国の名門クラブを特例として取材させてもらった際、手引きカートで歩いていた男性メンバーのゴルフバッグの中身を見せていただいたときのことを、ふと思い出した。

「祖父から父へ、父から私へと代々受け継いでいるものなので大事に使っています」と話してくれたその紳士のクラブは、パーシモン製で、ほとんどアンティークのようだった。手編みニットのヘッドカバーもゴルフバッグ自体も、とても古い年代物だと一目でわかり、心底びっくりさせられた。

 だが、クラブハウス内を案内していただくと、メンバーたちがシャキッとしたお洒落なジャケット姿でカードゲームやお茶を楽しんでおり、その対比には、さらに驚かされた。

 あのときとよく似た空気を、私は霞ヶ関で感じたように思う。

日本最古のゴルフ倶楽部会報誌

東京五輪での霞ヶ関CC東10番。会報誌「Fairway」のオリンピック特別号は幾多の困難を乗り越えて完成した 写真:Getty Images

 霞ヶ関カンツリー倶楽部の理事で広報委員長をされている越正夫氏からの預かりものだという封筒を手渡され、中には越氏からの丁寧なお手紙と「Fairway」という名の会報誌が入れられていた。

 お手紙の説明によると、「Fairway」誌は昭和5年に創刊され、通算号数800を越える日本最古のゴルフ倶楽部会報誌と言われている由緒あるものだそうだ。

「オリンピック特別号」と題されたその号には、東京五輪の開催コースとしての事前の意気込みやコロナ禍で遭遇したさまざまな苦労、それでもなんとかして特別号を発行できるよう解決策を見いだしていった臨機応変の対応や苦肉の策などが、ぎっしりと記されていた。

 名門といえど、五輪開催コースといえど、特別扱いはほとんどなく、ときには挫折感や絶望感も味わいながら、発行に向けて奔走し、努力をされていたことが、ひしひしと伝わってくる内容だった。

 五輪期間中、近隣のホテルに泊まり込み、しばしば徹夜で取材、執筆、編集といった不慣れな作業をされて特別号を完成させたというくだりには、ゴルフへの深い愛と真摯な姿勢が感じられた。そして、細かい事柄も丁寧に拾い上げて綴られたその特別号は、どんなゴルフ専門誌より素晴らしい出来栄えだと大いに感心させられ、頭が下がる思いだった。

 一介の女性ゴルファーとして、1人のゴルフジャーナリストとして、私が霞ヶ関カンツリー倶楽部の正門をくぐり、その向こう側で見聞きした世界には、そうした発見と感嘆と感動がいっぱいで、何よりその場所は、ゴルフ愛に溢れる温かいオアシスだった。

【写真】日本で一番美しいと言われるパー3 霞ヶ関CC東10番の四季を見る

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