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- 「胸が締めつけられる思い」 “ミスター・ヤマハゴルフ”藤田寛之が同社撤退に33年間の思いつづる
プロゴルファーの藤田寛之(ふじた・ひろゆき)が自身のSNSを更新。2月4日に発表されたクラブ契約先ヤマハのゴルフ事業撤退について思いをつづりました。
「いつもそばにヤマハのクラブがあり、そして人がいました」
ヤマハゴルフの看板プロで、国内レギュラーツアー18勝など、その勝利のすべてを同社のクラブでつかんでいる藤田寛之が自身のSNSを更新。2月4日に発表されたクラブ契約先ヤマハのゴルフ事業撤退について思いをつづりました。
藤田は投稿で「ヤマハゴルフ事業撤退のニュースを聞き、正直、しばらく言葉にすることができませんでした」と書き出し、これまで厳しい状態であることは知らされていたものの、実際に撤退の決断に至ったことを知り、ショックを隠し切れないようです。
知らせを受け「これまでの時間や景色が一気に思い出され、さまざまな想いが込み上げてきました」と、新人の頃から33年間ヤマハ一筋で歩んできたプロ生活を振り返ります。
「勝った時も、悩み続けた時も、いつもそばにヤマハのクラブがあり、そして人がいました。長年関わってこられた方々、今も現場で尽力されている方々、ヤマハゴルフに人生を重ねてこられた多くの方の姿を思うと、胸が締めつけられる思いです」と、自分のことよりも支えてくれたスタッフらを気遣う言葉を絞り出すように連ねました。

そして「私はクラブだけでなく、そこに込められた想いや、妥協のないものづくりに向き合う姿勢に、何度も背中を押してもらいました」と、同社の理念に共感する思いがあったからこそ、33年もの間、共に歩んでこられたことを強調します。
最後は自身とヤマハゴルフを応援し続けてくれたファン、ユーザーへの感謝とともに、同社が培ってきた「知見や技術、ジュニアスクールという学びの場が、形を変えてでも、次の世代へと受け継がれていくことを、心から願うっています」と、半世紀近くにわたって積み上げられてきたレガシーが生かされることへの希望を述べました。
なお、藤田はこの投稿で同社が運営し、自身の所属先にもなっている葛城ゴルフ倶楽部(静岡県)が継続することを明らかにしており、「そのことに少し救われる思いでいます」と、思い出の地との縁が途絶えないことを心の拠り所と感じているようでした。
最後は次のようにつづり、投稿を終えています。
「ヤマハと共に歩んだ33年間は、私にとって、かけがえのない時間でした。本当にありがとうございました。心からの感謝を込めて。 ヤマハ契約プロゴルファー藤田寛之」
藤田 寛之(ふじた・ひろゆき)
1969年生まれ、福岡県出身。1992年プロ転向。学生時代やプロ入り当初は同い年の丸山茂樹らの陰に隠れ目立たない存在だったが、20代で1勝、30代で5勝、40代で12勝と、年齢を重ねてからツアーの主役に躍り出る姿は“中年の星”と言われた。レギュラーツアー通算18勝、シニアツアー通算3勝。葛城GC所属。
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