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12年間“失踪状態”だったアンソニー・キムがリブゴルフで復帰 10億円の商品価値生んだインパクト大の“悪童時代”
国内女子ツアー開幕戦、ダイキンオーキッドレディスでは森田理香子のツアー復帰が話題となったが、海外でも一人の選手のカムバックが耳目を集めていた。その名はアンソニー・キム。ビッグマウスと有言実行する実力で注目を浴びながら、12年前に忽然と姿を消した選手だ。
「僕は素振りなんかで大事なエネルギーを消耗したくない」
2週間ほど前、米ゴルフ界は「アンソニー・キムがカムバックする!」「リブゴルフ選手になって戻ってくる!」という話題で持ち切りになり、ゴルフ関連メディアはこぞって、このニュースを報じた。しかし、キムが戦線復帰することを報じた上で、「どれだけの人々が、ある日、忽然と消えた彼のカムバックに興味を示すのか?」と、シニカルなトーンを漂わせた記事が極めて多かった。

米メディアによる報道を受け、このニュースは日本にも伝わってきたが、日本のゴルフファンの多くが「アンソニー・キムって誰?」と首を傾げ、「なぜ、彼の復帰が取り沙汰されるのか?」と首を傾げた方々は少なくなかったのではないだろうか。
ということで、今回はキムの歩みを振り返りながら、彼のカムバックが話題になったワケをお伝えしよう。
両親は韓国出身で、自身は米ロサンゼルスで生まれ育ったキムは、韓国系アメリカ人。幼少時代からゴルフクラブを握り、ジュニアの世界で早々に活躍を始めた。しかし、当時のキムを知る人々からは、こんな声が聞かれた。
「アンソニーは抜群にゴルフがうまかった。でも、自分が負けそうになると、ふて腐れて悪態をついていた」
そんなキムがプロ転向したのは2006年。スポンサー推薦で出場したPGAツアーのテキサスオープンでいきなり2位に食い込み、大きな注目を集めた。
その年の秋にQスクール(予選会)を13位タイで通過。最年少(当時)21歳でPGAツアーの正式メンバーとなり、07年から参戦を開始した。
小柄ながら軽々300ヤード超をかっ飛ばすロングドライブが注目を集めたが、ゴルファーらしからぬ大きなバックル付きのベルトは、それ以上に大きな注目を集めた。バックルには、彼の頭文字「AK」の文字が光っていた。
「僕はこういうものが好きなヤングジェネレーション。ツアー歴10年、20年のオールドプレーヤーたちとは好みが違っていて当然でしょ?」
そんなキムの装いや物言いを「個性的で良い」と評価するファンもいたが、「生意気」「礼儀知らず」と眉をひそめる人々のほうが圧倒的に多かった。
試合会場に来ても、練習日は「ただガンガン球を打つのみ。コース攻略なんて考えるだけ無駄だ」と言い放ち、試合の日もスタート時間の寸前で1番ティーに滑り込んだ。毎ショット、素振りもせずにいきなりアドレスしてガツンと打つプレースタイルは、スロープレーの対極を行く超クイックプレーだったが、それを手本にしたいという声は、どこからも上がらなかった。
「僕は素振りなんかで大事なエネルギーを消耗したくない」
そんな彼の姿勢が好成績につながるはずもなく、ルーキーイヤーは未勝利で賞金ランキングは60位どまりとなった。それがキムの心に火を付けた。
「こんな下位にいるのは、うんざりだ」
考え方や生活態度を一新しようと思い立ったキムは、別人のように勤勉なゴルファーに様変わりした。試合の日はスタート1時間半前に到着し、念入りにウォーミングアップ。素振りも行うようになった。
「素振りをすることで、事前にショットイメージがつかめるようになり、それが好調につながった。試合にも、ちゃんと備えるようになった。去年までの僕は子供だった。でも今年は違う。僕はやっと大人になったんだ」
08年、ワコビア選手権とAT&Tナショナルを制して年間2勝を挙げたキムは、10年にはシェル・ヒューストンオープンでも勝利を挙げて通算3勝を達成。その翌週、マスターズでは単独3位に食い込んだ。
しかし、その年の夏ごろから、キムのゴルフの歯車は少しずつ狂い始め、11年は予選落ちが目立った。12年は年明けから3連続予選落ちとなり、さらには失格。4月からは出場2試合連続で途中棄権。
そして、5月のウェルスファーゴ選手権初日に74を叩いた後、キムは忽然と姿を消した。PGAツアーからも去り、「引退した」と見られたキムは、社会においても「行方不明」とされていた。
3年後の15年。AP通信がキムをキャッチし、単独取材を行なった。キムは自分が満身創痍であることや3年半の間に手術を6~7回も受けたことを明かしたが、その後、彼が陽の当たる場所に登場したことは、私が知る限りでは一度もなかった。
優勝したホアキン・ニーマンとは33打差でぶっちぎりの最下位
その翌週には、噂通り、キムがリブゴルフと契約したというニュースが舞い込み、契約金は推定500万ドルから750万ドルと言われていた。
昨年末にジョン・ラームを獲得したリブゴルフには、今季はラームをキャプテンとする新チームが創設されており、チーム数は従来の12チームから13チームへ増やされている。それに伴ってプレーヤーの人数も若干増やされ、「4名×13チーム=52名」に、個人戦のみに参加する遊軍2名も加わって、54名が参加していた。
そこに、さらにキムが加わったことで、プレーヤー数は55名の“大所帯”になった。将来的には「僕も僕のチームを持ちたい」というキムの希望が聞き入れられて、14チームになる可能性も囁かれている。
ともあれ、キムはリブゴルフの今季3戦目となったサウジアラビア戦に登場し、12年ぶりに大勢のギャラリーやメディアの視線を浴びながらゴルフクラブを振った。
しかし、12年という歳月の中で錆びついたと言うべきか、12年もの歳月をかけてもかつての心技体の輝きを取り戻せてはいなかったと言うべきか。
初日から6オーバー、76の最下位で発進したキムは、2日目も76、3日目は74を叩き、通算16オーバーで53位。
優勝したホアキン・ニーマンとは33打差、すぐ上の52位だったハリソン・スワッフォードとは11打差は、ぶっちぎりの最下位。「お話にならないレベルだった」と言わざるを得ない(注:スコアがカウントされた53人中の53位)。
日本円にして10億円にも達するほどの大金でキムと契約したリブゴルフは、果たして「いい買い物をした」と言えるのかどうか。
ひょっとしたら潤沢なオイルマネーを有するリブゴルフにとって、キムとの契約金は「取るに足らない」金額にすぎず、むしろ、キムのおかげでリブゴルフが話題になり、注目されただけでも、キムと契約した甲斐はあったと感じているのかもしれない。
優勝賞金400万ドル(個人戦のみ)のリブゴルフの大会では、予選カットは行われず、どれだけ大叩きして最下位になろうとも、最低5万ドル(約750万円)が支払われる。
どんな色眼鏡で見られるとしても、キム自身は「いい契約をした」とご満悦なのではないだろうか。
文・舩越園子
ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学客員教授。東京都出身。百貨店、広告代理店に勤務後、1989年にフリーライターとして独立。1993年に渡米。在米ゴルフジャーナリストとして25年間、現地で取材を続け、日本の数多くのメディアから記事やコラムを発信し続けてきた。2019年から拠点を日本へ移し、執筆活動のほか、講演やTV・ラジオにも活躍の場を広げている。
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