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金・銀・銅“メダルスラム”達成のリディア・コ 最年少記録を連発した天才少女がスランプ克服し“揺れない心”を手に入れるまで
17日間にわたり熱戦が繰り広げられたパリ五輪が現地時間の11日閉幕。それに先立つ10日には女子ゴルフ競技の最終日が行われ、ニュージーランドのリディア・コが金メダルに輝いた。これでリオ五輪での銀、東京五輪での銅と合わせ“メダルスラム”達成となったコだが、ここまでの道程は決して平坦ではなかった。
18番に向かう緊迫した場面でギャラリーと笑顔でロータッチ
パリ五輪の女子ゴルフ最終日は手に汗握る熱戦だった。日本の山下美夢有が4位タイに終わり、メダルを逃したことは本当に残念だった。だが、表彰台に上がった3人のメダリストのゴルフはあまりにも素晴らしく、とりわけ金メダルを獲得したニュージーランドのリディア・コのゴルフは圧巻だった。

最終日のコは「ゴルフはミスのゲーム」というフレーズを地で行くようなゴルフを披露した。
1番でボギーを先行させたが、冷静に3つのバーディーを奪い返し、一時は通算11アンダーとして2位を4打も引き離した。
しかし、13番ではフェアウェイからの2打目を池に落としてダブルボギーを喫すると、そんなコのミスを見て取ったかのように、ドイツのエスター・ヘンゼライトが猛追をかけ、いつしかコに1打差まで迫ってきた。
コにとって13番からは試練の6ホールとなったが、それでも彼女は心もゴルフも乱すことなく、淡々とパーを取り続けた。
「ミスは必ず出る、そのダメージを最小限にとどめることが勝利への最短の道」――そんな教訓が伝わってくるプレーぶりだった。
他選手たちが深いラフや池に何度もつかまって苦戦していた中、確実にフェアウェイを捉え、グリーンをとらえるコの高いショット力が光った。
そして、パーパットを絶対に外さない彼女のグリーン上の強さに圧倒された。それは彼女が積み重ねてきた鍛錬の賜物だが、「絶対に外さない」という自信と「絶対に沈める」という意志がそこに加わっていたからこそ、彼女のパーパットは、ことごとくカップに吸い込まれていったのだろう。
17番を終え、18番ティーへ向かって歩き出したコは、金メダルを懸けて2位とわずか1打差で最終ホールを迎えようとしていた切羽詰まった状況であるにもかかわらず、ロープ際のギャラリーと笑顔でロータッチ。
その場面を目にしたとき、ファンを大切にするコの感謝の心と謙虚な姿勢、そして心の余裕が感じられ、彼女の金メダル獲得は間違いないと確信できた。
予想通り、コはパー5の18番を着実にレイアップして第3打でピン1.5メートルをとらえると、バーディーパットをきれいに沈め、2位に2打差で金メダルを獲得。思わず口を覆い、驚いたような表情で喜びを噛みしめたコだが、とても素晴らしかったのは、彼女の次なる行動だった。
18番グリーンからクラブハウスへと続く橋状の通路を渡りながら、すぐさまサインペンを用意して、向こう岸で待っていたスコア係にサインボールを渡し、労をねぎらった。ロープ際のギャラリーとも握手を交わしていた。自分が喜ぶこともそこそこにして、支えてくれた人々に感謝して回った行動は、「周囲のサポートがあるからこそ、自分は戦える」という気持ちが日ごろからコの心の底にしっかり根付いているからに違いない。
みんなに支えられていることを何より感謝しているコは、なるべくして金メダリストになったのではないだろうか。
「ゴルフコース以外の場でハッピーでいられることが何より大事」
コは韓国・ソウルで生まれたが、6歳のとき両親とともにニュージーランドへ移住。5歳からゴルフを始め、すぐに頭角を現した彼女は、2012年にオーストラリアツアーの「ニューサウスウェールズ女子オープン」を14歳で制し、当時の世界中のプロ大会における史上最年少優勝記録を打ち立てて大きな話題になった。
その年、全米女子アマで勝利すると、さらには米LPGAの「CNカナディアン女子オープン」を15歳で制覇して、LPGA史上最年少優勝を達成。13年に同大会を連覇後、16歳でプロ転向。LPGAのメンバー資格には「18歳以上」の規定があったが、コには特例でメンバーシップが授けられた。
その後もコの活躍はとどまるところを知らず、14年には年間3勝を挙げてルーキー・オブ・ザ・イヤー受賞。15年には男女双方で史上最年少記録となる17歳での世界ランキング1位に輝いた。
15年は年間5勝。そのうちの一つがメジャー大会の「エビアン選手権」優勝で、18歳でのメジャー制覇は史上最年少記録だった。
翌16年の春には「ANAインスピレーション」(現・シェブロン選手権)でも勝利を挙げ、年をまたいでメジャー2連勝を達成。そして、同年のリオ五輪で銀メダルに輝いた。
眩しいスポットライトを浴びながらも、コは常に優しい視線を周囲へ向けていた。14年には経済的理由で十分に教育が受けられず、ゴルフに触れる機会もない子どもたちに、ゴルフを通じて人間教育をもたらす活動のアンバサダーに就任。
「ゴルフは私にたくさんのことを教えてくれました。そのゴルフを、たくさんの子どもたちが知り、たくさんの発見をしてほしい」と活動の意義を語った。
15年には「ニュージーランド女子オープン」の優勝賞金の全額を母国へ寄付。「リディアは女神だ」と喜ばれた。17年には「ISPSハンダ・オーストラリア女子オープン」の大会アンバサダーとなり、障害者や災害被災者を救援するためのチャリティー活動にも参加。社会貢献に尽力するコの姿があちらこちらで見られた。
そんなコにも、成績低迷に苦しんだ日々があった。18年の優勝以降は勝利から遠ざかり、キャリア初のスランプに陥ったのだが、彼女を救ったのは仲間から授かったこんな一言だった。
「ナンバー1だった過去の自分に戻ることはできない。でも、今の自分でナンバー1に戻ることを目指すことはできる」
それからのコは、そのときどきの瞬間を大事にして、今まで以上に楽しみながら生きるようになり、楽しい人生があるからこそ、そこから素晴らしいゴルフが生まれることをあらためて実感したという。
心にかかっていた靄(もや)が晴れたことで、コのゴルフは自ずと上向いていった。そして迎えた東京五輪では銅メダルを獲得し、笑顔を輝かせた。
「ゴルフコース以外の場でハッピーでいられることが何より大事。そうであることが、ゴルフコースにおいても自分をハッピーにしてくれて、だからいい結果につながっていく。だから私は、世界中のみんなが、ぞれぞれの人生においてハッピーになってほしい」
それが、コの信条になった。
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