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- 「通算113勝」「生涯獲得賞金26億円超」「40代で51勝」など… レジェンド・尾崎将司さんの功績を数々の記録で振り返る
日本プロゴルフ界をけん引してきたジャンボこと尾崎将司さんが永眠した。黎明期の男子ツアーを大きく発展させた最大の功労者は数々の偉大な記録を辿ってみた。
青木功と中嶋常幸を足しても及ばない勝利数
日本プロゴルフ界をけん引してきたジャンボこと尾崎将司さんが永眠した。黎明期の男子ツアーを大きく発展させた最大の功労者は数々の偉大な記録を残している。その足跡を改めて辿ってみた。
ジャンボが残してきた大記録で最初に取り上げたいのは他の追随を許さない優勝数である。
男子ツアーがトーナメントのスケジュールや賞金ランキングを整備して、いわゆるツアーとしての形を整えたのが1973年のこと。現在、男子ツアーの優勝数は1973年以降で賞金ランキング加算競技を対象としてカウントされている。ジャンボの場合、その数は94勝でもちろん1位である。
2位は青木功の51勝で歴代3位は中嶋常幸の48勝。AONと称されたジェレンド3人のうちAとNの勝ち星を合わせてようやくOをわずかに上回る。それくらいの圧倒的な数字なのだ。

ほかの主なツアーの歴代最多勝と比較してもジャンボの優勝数は秀でている。米男子ツアーはサム・スニード(米国)とタイガー・ウッズ(米国)の82勝で欧州男子(DPワールドツアー)はセベ・バレステロス(スペイン)の50勝。
女子でも日本の歴代1位は樋口久子の69勝で、米ツアーはキャシー・ウィットワース(米国)の88勝だから、ジャンボの94勝は主なツアーでナンバーワンといってもいい。
しかも、実際の優勝数はもっと多い。ジャンボがプロゴルファーとして登場したのはツアー制度が施行される3年前の1970年で、初優勝は1971年の「日本プロ」だった。ツアー制度施行前の優勝や1973年以降で賞金ランキングに加算されないものも含めると112勝にまで増加する。
さらに、1972年には「ニュージーランドPGA」で海外優勝を果たしており、これを加えると113勝。この数字がジャンボの優勝数として語られることが多い。実際、この流れで1996年の「ダンロップフェニックス」に勝った時、日本プロゴルフ界初の通算100勝として大々的に報じられている。
長く、太く活躍し続けたからこそ、これだけの数字を生み出すことが可能だった。初優勝は24歳、最後の優勝は55歳だった。この55歳は1973年以降の最年長優勝記録である。
1996年には驚異の「勝率41.2%」を記録
最も充実していたのが40代だった。40代の1987~96年の10年間に実にツアー51勝を挙げている。40代に限った優勝数の歴代2位は杉原輝雄と青木の17勝。ジャンボはそのちょうど3倍である。
この40代の10年間での勝率は25.6%にも上る。信じがたい数字である。中でも49歳で迎えた1996年は出場17試合で優勝8回。勝率は何と41.2%だ。40代での賞金王は何と7回。40代がジャンボの最強時代だったといっていいだろう。
次は賞金面。1973年以降の生涯獲得賞金は歴代1位の26億8883万6653円に達している。歴代2位は片山晋呉の22億8860万9129円で20億円を超えているのは2人だけだ。50歳以下の選手で最上位は歴代7位につける石川遼の13億5415万2075円だからジャンボの約半分。この先、ジャンボの記録を追い抜く選手が現れる可能性は非常に低いだろう。それくらい、異次元の領域に達しているのだ。
賞金王12回という数字も飛び抜けている。歴代2位は青木と片山の5回だから2人合わせても届かない。
この項目でも他の主要ツアーと比較してみたい。米男子の最多賞金王はウッズの10回、欧州男子はコリン・モンゴメリー(英国)の8回、日本女子は樋口の11回で、米女子はウィットワースとアニカ・ソレンスタム(スウェーデン)の8回である。ジャンボの12回はここでもナンバーワンだ。
ここでは書ききれないくらいの大記録を残してきた超巨星だった。その記録と圧倒的な存在感はゴルフ史に永遠に刻まれる。
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