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- ジャンボ尾崎が日本ゴルフ殿堂入り 門下生やライバル、後輩プロが明かした優しさと厳しさの真実
ジャンボ尾崎の死は、多くの選手に大きな空白を残した。門下生やライバルたちの言葉から浮かび上がるのは、圧倒的な存在感と人間味あふれる素顔。知られざるエピソードとともに、その偉大さを振り返った。
「俺が先だったかもしれないのに」(飯合肇)
「東建ホームメイトカップ」開幕前日となる4月8日の朝、昨年12月23日に亡くなった“ジャンボ”こと尾崎将司氏の追悼ショットセレモニーが行われた。セレモニーの場では、ジャンボを敬愛する池田勇太が特別にあつらえたジャンボ仕様のウエアでスピーチを行い、故人を偲んだ。
そして、4月16日には公益財団法人日本ゴルフ協会が日本ゴルフ殿堂の2026年度顕彰者を発表。プレーヤー部門に尾崎将司氏を選出した。
開幕したばかりの国内男子ツアーを始め、ファンや関係者の間での”ジャンボロス“は、まだまだ収まりそうもない。それぞれの選手が抱く、ジャンボの素顔をコメントから紡いでみた。
※※※
「ジャンボの門を叩いて最初に『目先にとらわれるな』と教えられた」

そう打ち明けるのは、飯合肇だ。
「色々な取り巻きの人からの目先の金銭的なものよりも、自分で稼ぐお金を意識してやりなさい。賞金で生計を立てられるようなプロゴルファーにならないとダメだよ。厳しいけど、それがプロになった道だよ、ということを言われたの」
飯合がジャンボに教えを乞いに行ったのはプロ入り後。習志野CC(千葉県)で指導してくれていたプロから「お前は距離が出るからジャンボのところに行って教えてもらえ」と言われたのがきっかけだった。
「(ジャンボの弟)健夫君や直道君がよくいて、(ジャンボと)一緒に回るときに、俺も入ったのが最初だった。24歳の時。もうプロになっていて女房も子供もいたけど、収入が全然ないころだった。『苦しいけど、そこ(目先の金)に走っちゃダメだ。今、頑張ればお前のパワーならどうにかなるから』って。ジャンボに一番教わったことっていうのはそこだよ」としみじみ口にした。
後にジャンボ軍団の”番頭格“と言われるようになり、1993年にはジャンボ本人と争った末に賞金王タイトルを手にした男の若き日の思い出だ。
そんな飯合はジャンボの涙を2回だけ見たことがあるという。「それまで泣いているのを見たことなかったんだけど、俺がシードを取った時(1984年)には、みんなの前で泣いて喜んでくれた。待っていてくれてたんだよ」
「2度目はオレがすい臓がんになった時(2023年)だから最近だね。『馬鹿野郎!』って泣いて一言も言ってくれなかった。あとで周りの人間から『ジャンボが泣いちゃっていて何もできない』って言われたんだ。優しいよね」
病気から回復し、一時は30キロも減った体重も元に戻りつつあり、シニアツアーに復帰を果たした飯合。それだけに「ヘタしたら俺が先だったかもしれないのに」と、師匠の死を悼んだ。
「俺の中でのAONはこれで終わった」(中嶋常幸)
何度も名勝負を繰り広げた中嶋常幸は「“ライバル”はおこがましいけどね」と言いながら、振り返る。
「(ジャンボは)壁だったし、乗り越えたい相手だった。常に目の前にいるから、やっつけないと話になんない。負けてもいいなと思ったら楽なもんだけど、勝とうと思うからあの人の存在がより大きくなる」。
最初に挙げた激闘は1988年、東京ゴルフ倶楽部(埼玉県)での日本オープン。単独首位で最終日を迎えた中嶋は、ジャンボと同じ最終組でプレー。一つ前の組の青木功らを交えての大激戦となった。
10番を終えて2打のリードで首位にいた中嶋だったが、最終的に1打のビハインドとなって最終ホールを迎えた。ジャンボはバーディーパットこそはずしたものの、70センチのパーパットを残していた。対する中嶋は、3オンから8メートルのパーパットをねじ込んで意地を見せた。
入れれば優勝のパーパットを、ジャンボが2度、仕切り直した有名なシーンはこの後だ。ジャンボはこのウイニングパットを沈め、中嶋は1打差で逆転負け。「(相手が)ジャンボだから自分の中でより悔しさは芽生えるし、でもそれはエネルギーになった」と、振り返った。
もう一つ口にしたのが2年後、ジャンボの三連覇がかかった1990年の日本オープン(北海道・小樽GC)での優勝争いだ。中嶋は、好スタートを切ったが、最終日を迎えた時には単独首位のジャンボに4打差のビハインド。だが中嶋が猛追し、後半失速したジャンボを逆転。1986年以来となる大会3勝目を飾っている。
「自分の中では最高の試合。人生でこんなに満足した試合はない。ジャンボは悔しかったと思うよ。(日本オープン)三連覇って誰もいないんだから。でもね、終わった時にジャンボは握手しながら『おめでとう。よくやったな』って言ってくれたんだ。あの人らしいよ。悔しくて後ろ向いてプイッと行っちゃう人じゃないんだ」と、ジャンボのグッドルーザーぶりを明かした。
「人間はみんな完璧じゃない、魅力と欠点がある。ただ、ジャンボは魅力の方がはるかに多かった。『幸せな人生で思い残すこともない』って言っていたと(長男の)智春も言ってたけど、あの人なら言えるんじゃないかな。誰かに媚びるんじゃなくて、自分の人生を歩み切る、そういう生き方はあこがれだね。コースでのジャンボ尾崎は、本当に圧倒的な存在感だったしね。あの人がいたから、今の世代がある。技のゴルフから力のゴルフに変わったのは、あの人が改革してくれたから」
思い出を一気に口にした後、ポツリと言った。
「俺の中でのAON(青木、尾崎、中嶋)はこれで終わった。あとはうちでじっくり酒でも飲んで思い出すよ」
言葉の端々に寂しさがにじんでいた。
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