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- ジャンボ尾崎が日本ゴルフ殿堂入り 門下生やライバル、後輩プロが明かした優しさと厳しさの真実
ジャンボ尾崎の死は、多くの選手に大きな空白を残した。門下生やライバルたちの言葉から浮かび上がるのは、圧倒的な存在感と人間味あふれる素顔。知られざるエピソードとともに、その偉大さを振り返った。
「全員挨拶に行く“大親分“がジャンボ」(水巻善典)
ジャンボは、弟2人や飯合ら“ジャンボ軍団”と呼ばれた身近な選手にはもちろんだが、それ以外の選手にも目を配っていた。
「僕は軍団でじゃないけど」と前置きしながら「守り神みたいな人だった」というのは水巻善典だ。「野球には長嶋茂雄がいたのと同じように、あの人がいたから試合が盛り上がった。僕たちみんなも評価されなかった。それに、若い選手をホントによく見てるんだよね」
1994年から米ツアーに挑んだ水巻は、フロリダ州に移住した経験を持つ。しばらくして日本に戻って来た時、ジャンボから言われた言葉がある。「お前は(米国に)行ってよかったな。他にも何人もいたけど(米国に)行っただけだしな。お前はちゃんとつかんで帰って来たからよかったよ」というものだ。
「ゴルファーとしてじゃなく、人間として見てくれている感じがすごくあった」
「こういう言葉が合っているか分からないけど、”親分”はいっぱいいる。けど、その人たちが全員挨拶に行く“大親分“がジャンボ。他の組でプレーしている選手も見てるしね。自分の生きて来たところ(時代)にああいう人がいるっていうのが、運がよかったのかなと思います」
1994年の日本プロでジャンボと優勝争いの末、初優勝を勝ち取った合田洋が打ち明けるジャンボの素顔も興味深い。
「何度もロッカーに呼ばれた。それでずっと話をする。『お前はもっと自分をしっかり持て』とか」
最終ホールでバンカーからパターを使って寄せて優勝を手にした合田を、ジャンボが抱き留めるようにして祝福したシーンを覚えているオールドファンも多いだろう。合田は多くを語らなかったが、ゴルフに限らず人としての生き方に及んだのは間違いなさそうだ。
あちこちで浮き彫りになったジャンボの様々な”顔“。失った今、その存在の大きさが伝わってくる。
取材・文/小川淳子
ゴルフジャーナリスト。1988年東京スポーツ入社。10年間ゴルフ担当記者として日米欧のトーナメントを取材する。1999年4月よりフリーランスとしてゴルフ雑誌やネットメディアなどに幅広く寄稿。
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