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- “史上最大”じゃなく実は歴代4位の記録だった!? イ・ミニョン「逆転優勝」の意外な真実
イ・ミニョンの「ニチレイレディス」優勝は“史上最大の逆転劇”として大きな話題になりました。しかし、日本女子ツアーの歴史を振り返ると、実はそれを上回る大逆転優勝や、さらに長時間に及んだプレーオフも存在することが判明しました。
平瀬真由美の「33位」からの逆転が歴代1位
“史上最大の逆転優勝”というフレーズが各メディアで躍った。7打差24位タイからプレーオフに持ち込み、「ニチレイレディス」を制したイ・ミニョン(韓国)のことである。だが、実際はもっと下の順位から逆転した例がある。本当の大逆転ランキングを紹介したい。
女子ツアーの「ニチレイレディス」最終ラウンド(第3ラウンド)は波乱の展開となった。単独首位の荒木優奈をはじめ上位陣が軒並み苦戦する中、7打差24位タイで最終ラウンドを迎えたイ・ミニョンが63を叩き出して通算13アンダーでホールアウト。5打差11位タイにいた大出瑞月と吉﨑マーナも通算13アンダーとして3者のプレーオフに突入し、7ホールに及ぶ激闘の末にイが2年ぶりの8勝目をつかみ取った。この、最終ラウンドスタート時24位タイからの優勝が史上最大の逆転として報じられたわけだ。
だが、上には上がいる。しかも3例も実在するのだ。
1991年の「マルコーレディス」は初日が雨のため中止となり、2日間36ホールに短縮された。土曜日の第1ラウンドで3オーバーの75と苦戦して33位タイと出遅れていた平瀬真由美が最終ラウンドでこの日ベストスコアの68と反撃。森口祐子、池渕富子とのプレーオフに持ち込み、3ホール目で勝利を収めた。この33位タイからの優勝が本当の史上最大の逆転劇である。

歴代2位は1988年の「三菱電機ファンタスレディス」。この大会も初日が雨で中止になり、36ホールに短縮されている。5打差29位タイで最終ラウンドに入った小田美岐は6アンダー、66をマークして上位陣を抜き去り、1打差で優勝している。
歴代3位は1995年の「カトキチクイーンズ」である。優勝した城戸富貴は第1ラウンド73で、4打差25位タイのスタートとなった。2日目が雷雨で中止になり、36ホールに短縮された最終ラウンドで城戸はこの日ただ1人の60台となる68で回って鮮やかに逆転勝利を収めた。
今回のイ・ミニョンの逆転劇はこれらに次ぐ歴代4位の記録である。では、なぜこれが史上最大と報じられたのか。
ポイントになるのは歴代3位までがすべて36ホールに短縮されていることである。つまり、悪天候などの影響で36ホールに短縮された大会はカバーされていないのではないだろうか。短縮されたからといっても優勝の価値は変わらないはず。記録上は紛れもない1勝である。ましてこの記録は「最終ラウンドスタート時で何位から逆転したか」を問うものであるから、36ホールでも54ホールでも72ホールでも同列に扱うべき。36ホールの大会がなかったかのように扱われていることには違和感を覚える。
原因の一つと考えられるのが日本女子プロゴルフ協会の記録検索システムだ。この記録の項目では3日間と4日間の大会しか検索できず、36ホールに短縮された大会はカバーされていない。今回の報道はこのデータが元になっているのではないだろうか。
最長プレーオフも1986年「ダンロップレディス」の2時間40分
ちなみに、ストローク差逆転のツアー記録は2002年「廣済堂レディス」で藤野オリエがマークした11打差である。
「ニチレイレディス」ではもう一つ記録が生まれたと報じられている。7ホールに及んだプレーオフはツアー制度が施行された1988年以降ではホール数でタイ記録、所要時間の2時間6分は最長記録になったというものだ。
では、1987年以前ではどうかというと、何と10ホールものプレーオフがある。その大会は1986年の「ダンロップレディス」だ。吉川なよ子、沢田さと子、ト阿玉(台湾)の3人のプレーオフは3ホール目にトが脱落。吉川と沢田の一騎打ちはその後も続き、10ホール目でようやく吉川に凱歌が上がっている。所要時間は実に2時間40分だった。この記録でも上には上があったわけだ。
文・宮井善一(みやい・ぜんいち)
1965年和歌山県生まれ。スポーツニッポン新聞社ゴルフ担当記者を経て2004年にフリーのゴルフライターに。ゴルフ雑誌などへの執筆のほか日本プロゴルフ殿堂オフィシャルライターとして活動し、現在は日本ゴルフ協会のゴルフ学芸員として日本ゴルフ殿堂、JGAゴルフミュージアムなどに携わっている。元世界ゴルフ殿堂選考委員。
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