宮里藍のアマチュア優勝から20年 国内女子ゴルフ界はどのような発展を遂げてきた?

近年、国内女子ツアー注目度は高く、年々賞金額も増加しています。そのきっかけの一つは間違いなく宮里藍(みやざと・あい)のアマチュア優勝で、まもなく丸20年が経過します。そこで、改めて宮里のアマチュア優勝から女子ツアーがどのように発展していったのか調べてみました。

2003年まで女子ゴルフツアーの人気は高くなかった

 今年の全米女子オープンは日本人選手が22名、AIG女子オープン(全英女子オープン)は16名が出場しました。いつの間にこんなに大勢の選手が出場できるようになったのだろうと思っていたら、「そういえば今年は宮里藍が高校3年生でアマチュア優勝してから20年が経つんだ」ということに気づきました。

 宮里が2003年9月28日に「ミヤギテレビ杯ダンロップ女子オープン」でアマチュア優勝を達成してから、日本の女子ゴルフ界は一気に変わりました。

引退後も「宮里藍 サントリーレディスオープンゴルフトーナメント」の大会アンバサダーを務めるなど女子ゴルフ界に貢献する宮里藍 写真:Getty Images
引退後も「宮里藍 サントリーレディスオープンゴルフトーナメント」の大会アンバサダーを務めるなど女子ゴルフ界に貢献する宮里藍 写真:Getty Images

 今から20年前、2003年の全米女子オープンに出場した日本人選手は4名、全英女子オープンに出場した日本人選手も4名でした。

 全米女子オープンの出場人数は154名、全英女子オープンの出場人数は142名でしたから、日本人選手の割合は前者が約2.5%、後者が約2.8%でした。

 それが20年後に全米女子オープン156名中22名(約14%)、全英女子オープン145名中16名(約11%)が日本人選手になったわけですから、大躍進といえるでしょう。そのきっかけを作ったのが宮里であることは間違いありません。

 2003年と2013年と2023年の海外女子メジャートーナメントに出場した日本人選手の人数を比べてみました。

・シェブロン選手権(2003年と2013年はクラフト・ナビスコ選手権)
2003年 3名
2013年 5名
2023年 8名

・KPMG全米女子プロゴルフ選手権(2003年はマクドナルド全米女子プロゴルフ選手権、2013年はウェグマンズLPGA選手権)
2003年 3名
2013年 6名
2023年 8名

・全米女子オープン
2003年 4名
2013年 6名
2023年 22名

・アムンディ エビアン選手権(2003年はメジャー昇格前のエビアンマスターズ、2013年はメジャー昇格1年目のザ・エビアン選手権)
2003年 1名
2013年 4名
2023年 10名

・AIG女子オープン(2003年はウィータビックス全英女子オープン、2013年は全英リコー女子オープン)
2003年 4名
2013年 9名
2023年 16名

 2003年から2013年の人数の増加もめざましいものがありますが、やはり2013年から2023年の増え方が際立っています。

 これは2019年8月に渋野日向子がAIG全英女子オープンで海外メジャー制覇を果たし、2021年6月に笹生優花が全米女子オープン制覇を成し遂げたことで、日本ツアーの上位にいる選手であれば誰でも海外メジャー制覇を狙えるという機運が高まったからでしょう。

宮里の優勝をきっかけに試合数も賞金額も一気に増えた

 宮里藍がアマチュア優勝を達成した2003年の試合数は30試合でした。それが2004年は31試合、2005年は33試合、2006年は36試合と試合数が増えていきました。2023年は38試合がラインアップされています。

 賞金総額も2003年は18億8384万円だったのが、2013年は34億1500万円、2023年は44億9000万円になりました。

渋野日向子の全英女子OP優勝は女子選手の海外進出を後押ししたのは間違いない!? 写真:Getty Images
渋野日向子の全英女子OP優勝は女子選手の海外進出を後押ししたのは間違いない!? 写真:Getty Images

 宮里は2004年に年間5勝、2005年に年間6勝を挙げた後、2006年から主戦場をLPGAツアー(米国女子ツアー)に移しましたから、その後の女子ツアーの発展は宮里1人の貢献によるものではありません。

 宮里と同学年の横峯さくら、1学年下の上田桃子と諸見里しのぶ、2学年下の有村智恵と原江里菜といった選手たちが宮里の背中を追いかけるように活躍を始めたことで、女子ゴルフ界は一過性の“藍ちゃんフィーバー”ではなく人気が定着しました。

 2006年の賞金女王は大山志保、2007年は上田桃子、2008年は古閑美保、2009年は横峯さくらと、新しいヒロインが次々と誕生。2009年7月には宮里が「エビアンマスターズ」でLPGAツアー初優勝を挙げ、日本で活躍した選手が米国でも通用することを証明しました。

 宮里は翌2010年に開幕戦の「ホンダPTT LPGAタイランド」と2戦目の「HSBC女子チャンピオンズ」で2連勝。その後も3勝を積み上げ、年間5勝を挙げる大躍進を果たしました。日本人初の世界ランキング1位にも上り詰めました。

 今の女子ゴルフ界の中心勢力となっている黄金世代(1998年4月~1999年3月生まれ)は、宮里のアマチュア優勝をリアルタイムで見ていたわけではなく、2009~2010年にLPGAツアーで活躍する宮里の姿に憧れてゴルフを始めています。

 ですから勝みなみや畑岡奈紗といった黄金世代のトップランナーがLPGAツアーでの活躍を目指すのは当然のことで、若い選手たちが積極的に海外挑戦するようになったのも宮里の影響が大きいでしょう。

 当時18歳だった少女は38歳になり、ツアーの第一線からは退いていますが、「宮里藍 サントリーレディスオープンゴルフトーナメント」では大会アンバサダーを務めるなど女子ゴルフ界のさらなる発展に尽力しています。

宮里 藍(みやざと・あい)

1985年6月19日生まれ、沖縄県出身。4歳のときに2人の兄(聖志、優作)に触発され、ゴルフを始める。高校3年の2003年、アマチュアとして出場した「ミヤギテレビ杯ダンロップ女子オープン」で優勝し、史上初の高校生プロゴルファーに。翌年からレギュラーツアーに本格参戦し、同年に5勝を挙げ「藍ちゃん」旋風を巻き起こした。06年から米国を主戦場とし、09年「エビアンマスターズ(現・アムンディ・エビアン選手権)」で待望の米ツアー初勝利。翌年には年間5勝を挙げる活躍を演じ、世界ランキング1位も経験。17年に現役引退を表明。通算勝利は24勝(国内14勝、海外9勝、アマ1勝)。18年に結婚し、21年に第1子となる長女を出産した。サントリー所属。

【写真】4万人の大観衆に見守られながら披露した宮里藍のピッチング 実際の投稿

笑顔がまぶしい! トロフィーを掲げる宮里藍

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宮里藍 写真:Getty Images
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