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コラム

なぜ誰もアン・ソンジュを止められなかったのか… 女子ゴルフ4度の賞金女王、日本席巻の過去を語る

2026.02.20 キム・ミョンウ
アン・ソンジュ 国内女子ツアー 韓国 韓国女子プロが残したもの

4度の賞金女王に輝いたアン・ソンジュが、日本ツアーで圧倒的な強さを発揮できた理由を告白。米ツアーではなく日本を選んだ決断と、適応への努力の裏側に迫る。

日本を「特別な場所」と語る理由

 韓国女子ゴルフ界のトップ選手として実績を積み上げていたアン・ソンジュが、日本ツアーに初参戦したのは2010年だった。異国の舞台、未知のコース環境――それでも彼女は開幕戦でいきなり優勝し、そのまま年間4勝で賞金女王に駆け上がる。その後2018年までに計4度、賞金女王のタイトルを手にした。なぜ日本でこれほどの強さを発揮できたのか。韓国・ソウルで、日本ツアーでの日々を振り返ってもらった。(韓国・ソウル/キム・ミョンウ)

育児真っ最中の38歳になったアン・ソンジュ 写真:キム・ミョンウ
育児真っ最中の38歳になったアン・ソンジュ 写真:キム・ミョンウ

 ソウル・江南(カンナム)にある「JO PROカフェ」が今回の待ち合わせ場所だった。韓国の女子プロゴルファー、チョ・ヨンヒが経営するカフェで、本人が出迎えてくれた――のだが、お目当てはそれとは“別の人物”だ。

 約束の時間に現れたのは、日本女子ツアー通算28勝、計4度の賞金女王に輝いたアン・ソンジュ。こちらが言葉を探すより早く、彼女の声が飛んできた。

「こんにちは! お元気ですか?」

 流暢な日本語に驚く。久しぶりに会うはずなのに、距離だけが勝手に縮む。日本を離れて長い歳月が経つはずだが、受け答えのテンポも、言葉の選び方も、あの頃のままだ。

「今はオフシーズンですけれど、もうトレーニングも練習も毎日していますよ」

 日本語が本当にうまい、と切り出すと、笑ってその理由を説明した。

「家でも日本のテレビやアニメを見たりしているんですよ。日本は私にとって、それだけ大事な場所ですから」

 日本語での会話が久しぶりなのか、とにかく楽しそうだった。彼女がここまで日本を“特別な場所”として大切に思う原点はどこにあるのか。それは、キャリアの岐路に立たされた若き日の決断にまでさかのぼる。

「アメリカは私に合わない」“父の夢”よりも自分の意志で

 アン・ソンジュが日本ツアーに参戦したのは2010年。その前年の09年、彼女は韓国女子(KLPGA)ツアーで2勝を挙げ、通算勝利数を7勝に伸ばしていた。賞金ランキング3位、平均ストローク2位、パーオン率1位、ドライビングディスタンスも1位――数字だけを見ても、“乗りに乗っていた”ことが伝わる。

 当時、韓国のトップ選手の進路は米ツアー志向が強かった。アン自身もその流れを意識しながら歩んできたという。

「正直、若い頃は米ツアーに行きたかったんですけど、それはお父さんの夢でもあったんです。もちろん朴セリさんの影響もありました。でも、私はアメリカの雰囲気があまり好きじゃなかったんですよ」

 米ツアーではスポットでメジャー大会にも出場した。だが、そこで「合う・合わない」がよりはっきりしたという。

「アメリカの人たちの言葉遣いやイントネーションが少し強く聞こえて、それが苦手だったんです。当時はお父さんが作ってくれないと食べられなかったし、ピザやしょっぱい食べ物も口に合わなかった。メジャー数試合に参加して『自分には合わないかな…』と思いました」

 一方、日本は07年の日韓戦で初めて訪れていた。距離や移動、時差、食事――競技力だけでは埋められない“生活の現実”まで含め、日本に向く感覚が早い段階で芽生えていた。

「韓国からも近いし、例えばケガをしてもすぐ帰って、かかりつけの病院で治療もできます。両親に会いたくなってもすぐ帰られる。それが自分にとっては一番大きかったし、海外なら日本ツアーがいいなと思っていました」

 夢としての米ツアーよりも、直感としての「自分に合う環境」を選ぶ。ここが、アン・ソンジュの分岐点だった。

09年QT、人生で一番の緊張

 翌09年、日本ツアーQTへ。セカンドQTからの参戦だった。だが本人は「予選会に慣れていなかった」と振り返る。落ちれば次がない――その構造が、そのままプレッシャーになった。

「QTって一回しか機会がないから、落ちると次がなくなるじゃないですか。だからすごく緊張しました。人生で一番緊張したと思います。試合には1人で行ったんですけれど、お父さんはネットでリーダーボードも見られなくて、ドキドキしていたみたいです」

 結果はファイナルQTまで難なく突破。ただ、「日本ツアーでやっていける」とは思わなかったという。ショートゲームが課題だったからだ。

「当時はショートゲームが課題でした。日本のコースはアメリカみたいに平らじゃなくて、アップダウンもあるしアンジュレーションもある。それで冬の合宿でショートゲームの練習をたくさんしました。ここがうまくならないと絶対に勝てないと思って」

 重要なのは、彼女が「日本で勝つために必要な技術」をこの段階で特定していたことだ。ショットの質だけでは足りない。傾斜、芝、グリーン周り――日本のコースに合わせたショートゲームの必要性を感じていた。

 つまり、日本独特のコースへの適応が勝敗を決める――その認識が、翌シーズンの入り方に直結していく。

デビュー戦V、怪物と呼ばれて

 2010年開幕戦「ダイキンオーキッドレディス」。アン・ソンジュは日本ツアー初挑戦の開幕戦で、いきなり勝った。

 本人の記憶は“結果”だけではない。同組の顔ぶれや、その時の自分の状態まで映像のように結びついている。

「初優勝した試合は、メジャーで勝ったときよりも記憶に残っています。最終日は馬場ゆかりさんと上原彩子さんと回ったんですよ。彩子さんは地元の沖縄出身で、応援もすごかった。でも私はショットの調子が一番いい時で、真っすぐ250ヤードは飛んでいました。初日は福島晃子さんと一緒に回ったんです。晃子さんもドライバーがめっちゃ飛ぶじゃないですか。デビュー戦なのに同じ組で…(笑)。でも私も同じぐらい飛んでいたんです。アイアンも自信がありました」

 なぜ初挑戦の開幕戦で勝てたのか――彼女の言葉を拾うと、要素は3つに整理できる。

 一つは飛距離とショットの充実。「真っすぐ250ヤード」「ショットの調子が一番いい時」という自己評価が、そのまま爆発力になった。二つ目は、同組に地元の上原彩子を含む注目組で、最初から勝負のテンションが高かったこと。三つ目は、QTで感じた課題を踏まえ、シーズン入りまでに「日本で勝つ条件」を明確にしていた点だろう。

 開幕戦の勝利は偶然ではなく、準備とコンディションが噛み合った結果だった。

 デビュー直後から注目は集まったが、本人がこの年に強く意識していたのは“新人賞”だった。韓国での経験が、そのこだわりに直結している。

「目標は、できれば1度でも優勝できればいいなという感じでした。でも新人賞は獲得したかった。韓国では(申)ジエと同じデビュー年で、新人賞は彼女が取ったんです。一生に1回しかないから、日本では絶対に取りたい気持ちがありました」

 開幕戦で勝っても、視線はすぐに「年間の戦い方」へ切り替わる。一発の優勝ではなく、1年を通した強さが必要だと理解していた。

自立へのターニングポイント「お父さん、一人で行かせて」

 ただ、すべてがうまく進むわけではない。言葉や食事、移動、そして家族帯同によるプレッシャーは相当なものだったという。彼女は状況を良くするため、先に線引きをした。

「辛かったのは言葉ですね。日本語が話せなかったのは精神的にしんどかった。それにお父さんとの行動も大変だったんです。食べたいものも合わないし、いつも韓国料理屋を探すのも大変で、側で見られているのもプレッシャーでした」

 日本1年目、休養週に韓国へ戻った際、彼女はこう伝えた。

「次の試合で『お父さんと一緒に行くなら行かない。1人でツアーに行きたい』って言ったんです。すごく反対されましたけど、1人で動いた方が自分に責任感を持てると思っていましたし、実際にそうしてから練習量も増えてゴルフが良くなったんです。すべて知らないコースなので、ここがターニングポイントでした」

 それからは試合のない月曜日だけ休み、火曜・水曜のうちにコースへ出てハーフを回った。初めてのコースばかりで、練習場だけでは感覚がつかめない。傾斜や芝、グリーン周りの距離感を体に入れるために、早い段階で“現場”に立つ必要があった。

 QTで「ショートゲームが弱かった」と感じたこともあり、準備の仕方を変えた。日本で勝つにはショットの良さだけでは足りない。1人でコースを覚え、細かい技術を積み上げる――そうしたルーティーンがアン・ソンジュを強くしていった。

 結果的に、日本デビュー年に年間4勝を挙げ賞金女王を獲得。トップ10は19回、平均ストローク1位。再現性の高いスイングと精度の高いショット、ミスしても崩れない安定感。韓国からやってきた“本物の実力者”は、日本ツアーの頂点に長く君臨することになる。

(後編へ続く)

取材・文/キム・ミョンウ

1977年生まれ、大阪府出身の在日コリアン3世。新聞記者として社会・スポーツ取材など幅広い分野を担当。その後、編集プロダクションを経てフリーに転身。2010年、サッカー北朝鮮代表の南アフリカW杯出場決定後、日本メディアとして初めて平壌で代表チームを取材し、『Number』に寄稿。2011年から女子プロゴルフの取材も開始し、日韓の女子プロとも親交を深める。現在は女子ゴルフとサッカー、アスリートインタビューなどを中心に雑誌やWEB媒体に寄稿。著書に「イ・ボミ 愛される力」(光文社)。

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