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コラム

アン・ソンジュが強くなったのは「日本の環境」 結婚・故障・出産を越えた4度の賞金女王の舞台裏

2026.02.24 キム・ミョンウ
アン・ソンジュ 国内女子ツアー 韓国 韓国女子プロが残したもの

4度の賞金女王アン・ソンジュが、日本ツアーで勝ち続けた理由を告白。キャディーとの信頼、結婚や故障の葛藤、出産後の現実、そして日本の環境と“リスペクト文化”が支えた。

キャディー森本真祐氏への感謝

 日本ツアー参戦1年目の2010年に賞金女王に就いたアン・ソンジュは、その後も2011年、14年、18年と計4度、頂点に立った。勝ち続ける強さの裏側には、キャディーとの関係、結婚や故障を巡る葛藤、日本独特のツアー環境との相性があった。結果の陰にあった選択と積み重ねをたどりながら、日本ツアーに残した意味を振り返る。(韓国・ソウル/キム・ミョンウ)

38歳になったアン・ソンジュは育児真っ最中 写真:キム・ミョンウ
38歳になったアン・ソンジュは育児真っ最中 写真:キム・ミョンウ

 選手の状態を“言葉以外”で把握するキャディーは必要不可欠で、アン・ソンジュも自分ひとりで日本に適応できたとは思っていない。

 名前を挙げたのがプロキャディーの森本真祐氏だった。ライン読みや危険エリアの確認だけでなく、会話の内容まで含めてアン・ソンジュの右腕として“波”を整え、多くの試合で優勝の支えとなった。

「真(シン)さんに本当に感謝しています。真さんはすごくセンスがいいと思っていました。私は持ち球がドローなのでミスが左に行きやすい。だから『左ラフがどうか、それだけ確認してください』とお願いしたり、気分が落ちている時も、真さんは本当にやり取りが早かった。『昨日の夜何食べた?』みたいな質問で気分を調整してくれるんです。彼がアメリカのQTで佐伯三貴選手のキャディーをしていた時、私のプレーを見て『この選手はうまくなるな』と思って連絡をくれたらしいんです。真さんとのコンビは本当に良かった」

 短い質問で空気を変え、技術の話だけでなく、気分の落ち込みまで“先回り”してくれる人としての記憶。ツアーで勝ち続けるということは、ショットの再現性だけではなく、心の揺れ幅を小さくすることでもある。アンの言葉からは、その現実がにじむ。

「結婚して成績が落ちた」との戦い

 私生活での転機もあった。2014年末にプロゴルファーのキム・ソンホ氏と結婚。祝福の一方で、プライベートの変化は外から勝手に理由づけされやすい。本人が一番苦しかったのは、体の不調と“周囲の決めつけ”がセットで襲ってきたことだったという。

「一番悔しかったのは、周りから『結婚してから成績が悪くなっている』って言われることでした。そんな声が耳に入ってくるんです。14年に首のヘルニアになって辛かったんですが、でも周りは『結婚したからじゃないの?』って。お父さんが一番それを言うんです(笑)。夫も周りから言われるから、私に『練習して』と言ってくる。それで『痛いのに、どうやって練習できるの?』と言い合いになって……」

 どれほどの痛みなのかは本人にしかわからない。しかし“原因”は外側で勝手に決められていく。その理不尽さに追い詰められた。

 そして16年。当時の状態が“説明”として残る。

「睡眠薬を飲まないと寝られなくなったんです。少し鬱っぽくて、睡眠薬を飲むと感情がなくなって、ぼーっとして、嬉しくもない、悲しくもない、そんな状態でした。それで日本女子オープンに出たら、2日目に『81』を打って、初めて車で大声でめっちゃ泣きました。『なんで私が薬を飲まないといけないの?』って。お父さんに話をしたら『そんな大したもんじゃない』って言うから辛かったですね…。そこからもう薬をやめて、楽しくやろうって決めたんです。成績はもう関係ないって。スタンレーレディスでボミとプレーオフになって勝ったのですが、まさかそんな状態で勝てると思っていなかったので、自分でもびっくりでした」

 “楽しくやろう”は軽い言葉ではない。ただ、割り切ったゴルフでプレーオフを勝ち切った結果が、大きな転機になったのは言うまでもない。

執念の2018年「喧嘩をしたら韓国へ帰ってください」

 それから18年には年間5勝を挙げ、4度目の賞金女王のタイトルを手にした。絶頂期は過ぎたと思ったら、また勝ち続ける。その原動力が何なのかが気になった。

 アン・ソンジュは「聞きたくない言葉を消すため」と冗談半分に笑いながら、こんな話をしてくれた。

「『結婚したから成績が悪くなった』という言葉が本当に聞きたくなくて(笑)。だから、そのあと絶対に賞金女王には1回はなるって決めて、トレーニングを頑張ったんです。旦那とのケンカも増えていたころ、『これからはケンカをやめよう。ケンカしたら静かに韓国に帰ってください』って。実際、18年のニトリレディス優勝時に夫はいなかった(笑)。一人のほうが責任を持てるから、逆に良かったんです」

 首の故障で飛距離は落ちたが、それでも勝った。アンは当時、技術力を磨くうえで参考にした選手がいるという。ツアー通算50勝の不動裕理だ。

「私は不動裕理さんがすごく大好きなんです。ヤマハレディスの時に『不動さんの大ファンです』って話した記憶があります。不動さんのショートゲームのうまさには今でも尊敬していて、よくプレーを見ていました。18年は飛距離が落ちた分、ピンに近づく技術が上がったから成績が出たんだと思います」

 これだけ強いアン・ソンジュが、不動裕理の技術からさらに学ぶことがあると熱く語る。その姿から、日本で28勝もできた理由が分かった気がした。

衝撃を受けた日本の「リスペクト」という文化

 さらに、アン・ソンジュが勝ち続けることができた理由の一つに、日本ツアーの環境のよさは外せない。「どこの会場にもドライバー、アプローチ、パター、バンカーと練習場がある。毎日こんな練習ができるのに、上達しないほうがおかしい」と笑う。

 環境のほかに、彼女が心を動かされたのは“会場の空気”だという。

「ギャラリーの文化もすごくマッチしました。韓国も今は良くなりましたが、声が大きかったり、携帯で動画や写真を撮る人もいました。日本のギャラリーはマナーが徹底していて、選手がプレーする時も静か。自分が応援する選手のプレーが終わっても、最後まで拍手をしてくれる。選手に対するリスペクトがあって、それも私が日本でプレーしてみたいと思ったきっかけですね」

 プロゴルファーとして「気持ちよく戦える場所」を選んだことが、日本での結果につながった。

双子の誕生と、失われた「産休」

 そんな大好きな日本だったが、2019年シーズン終了後に突如として姿を消した。2020年のコロナ禍、出産、そして制度や手続きの行き違い。本人は、行きたくても「日本に行けなかった」理由を一つずつ具体的に挙げた。

「本当は2022年に日本に戻るはずだったんです。でも当時のマネジメントが産休制度の申請をしていなくて、シードを失ってしまったんです。本当に日本に行きたかったのに……。でも、それも自分の運命だなと思って」

 日本に行けないこと、永久シードを持つ韓国ツアーも中止が続くなか、2021年4月に双子を出産。その後、永久シードを持つ韓国ツアーに復帰した。子育てとゴルフの両立で、ルーティーンや休む時間の質も大きく変わったという。

「子育ては大変ですよ(笑)。それも双子ですから。シーズン中は日曜日まで試合して、月火は家で子どもの面倒を見て、火曜の朝に幼稚園のバスを見送ってから試合会場に行くんです。試合会場に行ったほうが逆に休めるという皮肉で、疲れたときは座ったまま寝てしまったこともありました。だから逆に予選落ちしたくなかったんです。落ちたらすぐに家に帰って、子どもの世話と家事が待っているから(笑)。でも子どもの寝顔を見るとかわいくて、幸せを感じます」

 ただ、母になっても引退を考えたことはなかったという。「私は家で一人でじっとしていられないタイプだから」と笑った。

最後の夢、そして日本への想い

 現在38歳。韓国ツアーでは永久シード選手として戦いながら、今は競技人生の区切りも少しずつ意識している。

「レギュラーツアーは今年までかなと思っています。って言いながら、毎年延長するんですけど(笑)。試合のプレッシャーに、体と頭がどれだけ耐えてくれるか。そこまでは続けるんじゃないかな」

 日本のファンからは、今も日常的に反応が返ってくるという。

「日本は私の第2の人生が始まった場所。アン・ソンジュという存在を知ってもらえた、すごく大事な場所です。私は日本でゴルフをやるのが大好きでしたから。今もインスタグラムで『日本の試合にいつ出ますか?』ってコメントが来ます。それがすごく嬉しいんです」

 最後に口にした目標は、ものすごく現実的だった。現在の韓国での生活、家族、競技の終着点がそこにまとまっていた。

「最後の目標は、優勝して、夫と子どもと一緒に写真を撮ること。それができたら、私はたぶんゴルフをやめます。もう一つ、自分を覚えてくれている日本のファンの前で、賞金女王になった場所でゴルフ人生を終えるのもいいんじゃないかなって思ったりもしています。未練ですか? それはありますよ。日本が大好きだから。もし今年、日本ツアーに推薦で出られるなら、絶対に行きたいです」

 アン・ソンジュが日本ツアーに残したものは、勝利数やタイトルだけでは説明しきれない。彼女の存在そのものが、日本と韓国、2つのツアーをつないだ「架け橋」だったのかもしれない。

取材・文/キム・ミョンウ

1977年生まれ、大阪府出身の在日コリアン3世。新聞記者として社会・スポーツ取材など幅広い分野を担当。その後、編集プロダクションを経てフリーに転身。2010年、サッカー北朝鮮代表の南アフリカW杯出場決定後、日本メディアとして初めて平壌で代表チームを取材し、『Number』に寄稿。2011年から女子プロゴルフの取材も開始し、日韓の女子プロとも親交を深める。現在は女子ゴルフとサッカー、アスリートインタビューなどを中心に雑誌やWEB媒体に寄稿。著書に「イ・ボミ 愛される力」(光文社)。

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