「私が1ショットに52秒もかけたなんて誰も思わない」
女子ゴルフのメジャー大会、アムンディ・エビアン選手権は、地元フランス出身のセリーヌ・ブティエが2位に6打差を付けて圧勝。日本の畑岡奈紗と笹生優花も3位タイと健闘し、幕を閉じた。

決勝2日間の熱い優勝争いを目にすると、その前に展開された予選2日間の出来事をすっかり忘れてしまいそうになる。
しかし、今大会2日目に起こったスロープレーによる失格事件のことは、ゴルフ界全体がいま一度、その背景や経緯を見直し、再発防止を含めた今後の対策をしっかりと考えていくべきではないだろうか。
今大会2日目。スペイン出身の33歳、米女子ツアーのLPGAで通算2勝のカルロタ・シガンダは、アンナ・ノルドクビスト(スウェーデン)、セリーヌ・エルバン(フランス)とともに10番からスタート。
3人が16ホール目の7番にやってきたとき、ルール委員からスロープレーの警告を受け、17ホール目の8番からはオン・ザ・クロック(計測)になった。
そして、シガンダだけは18ホール目の9番で、1ショットに費やした時間が「規定の40秒を上回る52秒だった」とされて、2罰打が課された。
スロープレーのペナルティーを言い渡された選手には、スコアカードを提出する前の段階で、その裁定に疑義を唱える権利がある。シガンダは、その権利を行使し、不服を申し立てた。しかし、ルール委員から却下され、納得がいかなかったシガンダは2罰打を加算しないまま、1オーバー、72としてサインしたスコアカードを提出。ルール委員は彼女を過少申告による失格とした。
仮に、スロープレーによる2罰打がなかったとしたら、初日が3オーバー、74だったシガンダは、2日目72で通算4オーバーとなり、ぎりぎりで予選を通過できていたが、2罰打を加算すれば、通算6オーバーで予選落ちとなり、彼女が週末にプレーするチャンスはなかった。
しかし、シガンダにとっては、週末のプレーの可否より、スロープレーだと言い渡されたこと自体に納得がいかず、失格となった後もSNSで猛抗議した。
「あの日は、コース上に私の家族も友人もたくさんいて、私のプレーを見ていた。私が1ショットに52秒もかけたなんて誰も思わないと言っている。レフリーは単にストップウォッチでタイムを計るばかりで、チャンピオンシップのゴルフというものがまったく分かっていない」
古くから紛争の火種となってきたスロープレー問題
スロープレー、ルール上の用語に言い換えると「ペース・オブ・プレー」の規定は、ゴルフルールにきちんと明文化されているにもかかわらず、何年たっても、すっきりとした解決に至っていないのが現状である。
1998年の全米オープンでは、今は亡きペイン・スチュワートが最終日の優勝争いの真っ只中の12番で、USGAのルール委員から「キミはプレーに時間をかけ過ぎだ。計測するぞ」と耳元で囁かれ、そこから崩れて敗北したことが、大いに取り沙汰された。
スチュワートは「なんでオレがスロープレー?」と、まるで納得がいかず、「すっかり集中力をかき乱された」。
その後は、プロの大会のみならず、アマチュアの大会においても、選手たちのプレーペースは悪化していく一方で、とりわけLPGAでは1ラウンドの所要時間が6時間を超えるほどになった。
そこで、USGAとR&Aが先頭に立ち、PGAツアー、LPGAといったゴルフ統括団体が協力しあって「スロープレー撲滅キャンペーン」が展開され始めた。
その矢先の2013年には、マスターズで14歳の中国人少年、関天朗が予選通過がかかる2日目のラウンド中、スロープレーで1罰打を課され、予選通過が危うくなる出来事があった。
米メディアやゴルフファンからは「14歳には厳しすぎるのでは?」「もっと遅い選手がたくさんいるのに、なぜアマチュア少年だけ?」といった批判が噴出したが、当の本人は「ルールはルールなので」と受け入れ、1罰打を加算。それでも決勝進出を果たし、ローアマに輝いた。
それから3カ月後の全英オープンでは、松山英樹がスロープレーによる1罰打を課せられた。終盤に警告を受け、計測対象となった松山は、17番の2打目を打ち終えたとき、1罰打を告げられた。
「何で? 意味が分からないと怒りを覚えて、そのまま最後まで来てしまった」
17番は1罰打を加算してボギーとなり、18番は怒りのせいでボギーを叩いた。終盤に落とした2打は、いろんな意味で重かった。
その後も、世界のゴルフ界では、スロープレーにまつわる出来事が起こり続け、今年も例外ではなかった。
マスターズ最終日を単独首位で迎えながら2位タイに終わったブルックス・ケプカは、ホールアウトするやいなや「前の組の(パトリック・カントレーの)スロープレーはひどすぎた」と怒声を上げた。そのケプカが翌月の全米プロでは軽快なペースでプレーして見事に勝利。この展開は、選手のパフォーマンスが他選手のスロープレーに大いに影響されることがあるという実例になった。
その一方で、全米女子オープンでは最終日にスロープレーの警告を受けたアリセン・コープスが、そのホールでキャディーとともに「出るものは出る」とトイレへ走ったものの、平然とした様子で残りホールを戦い抜いて勝利した。この例を見ると、「何ごとも選手のメンタル次第」とも思えてくる。