- ゴルフのニュース|総合ゴルフ情報サイト
- 記事一覧
- ツアー
- 「リブゴルフ行きは過ちだった」と認めたに等しい!? ケプカ脱退が持つ意味と今後の“身の振り方”
「リブゴルフ行きは過ちだった」と認めたに等しい!? ケプカ脱退が持つ意味と今後の“身の振り方”
メジャー5勝のブルックス・ケプカがリブゴルフを離脱することが明らかとなったが、この決断はどんな意味を持つのか? そして、彼は今後どのような競技生活を歩もうとしているのだろうか。
「リブゴルフは、なるべき姿になる予定から大きく遅れている」
リブゴルフの“顔”の一人だった35歳の米国人選手、ブルックス・ケプカが、リブゴルフからの脱退を決意したというニュースは、ホリデーシーズンに沸く世界のゴルフ界を駆け抜けた。
リブゴルフのスコット・オニールCEOは、これまでのケプカの貢献に謝意を示す声明を出し、ケプカの脱退を認める形になった。そして、ケプカの代理人からは、こんな声明がSNSで発信された。
「ブルックス・ケプカはリブゴルフから離れる。ブルックスの決断には常に家族のことが最優先される。今こそは、より多くの時間を家庭で過ごすべきだと彼は考えている」
ケプカは2017年全米オープンを皮切りに、18年には全米オープン連覇と全米プロ初優勝を挙げ、19年には全米プロ連覇を達成。メジャー4勝を含むPGAツアー通算8勝の実力者として22年にリブゴルフへ移籍した。移籍料は1億ドルから1億2500万ドルと推定され、PGAツアーからリブゴルフへの最大の移籍劇と言われていた。
23年には全米プロを制して通算9勝目を挙げ、リブゴルフ選手として初のメジャー優勝を成し遂げた。リブゴルフでの個人優勝は通算5勝。まさにリブゴルフを代表する大物選手だった。

そのケプカがリブゴルフから離れ、せっかく確立したステータスを自ら手放すことは驚きだった。しかし、ケプカが昨年頃からリブゴルフに対する不満を口にしていたことや、25年は初めて1勝も挙げられないシーズンとなったことなどを考えると、「なるほど」と感じられる部分は多々ある。
ケプカがリブゴルフへ移籍したのは、22年6月にリブゴルフがロンドン郊外で初戦を開催した直後だった。
弟のチェイスと一緒に新天地へ向かったケプカは、巨額の移籍料をオファーされて意気揚々と移籍したように報じられたが、実際は自信を失いかけていたからこそ、心機一転、リブゴルフへ移ったことを近年の米ゴルフ雑誌のインタビューで明かしていた。
PGAツアーでは、15年の「WMフェニックスオープン」で初優勝を挙げて以来、毎年のように勝利を重ね、リブゴルフ移籍前の時点では通算8勝。そのうちの半分に当たる4勝がメジャー優勝だった。
“メジャーに強い男”は、しかし、その一方で手首や腰、ヒザなどの故障も多く、20年と22年は1勝も挙げることができなかった。19年全米プロ以降はメジャー優勝からも遠のき、自信を失いかけていた。
そんな折、リブゴルフが22年から活動を始めると、PGAツアーやDPワールドツアーのスター選手たちは大金を約束されて次々に移籍していった。
そんな動きを目の当たりにしたケプカは「いろいろなケガが重なって失いかけた自信をリブゴルフに行って取り戻したい。自分は世界のベストプレーヤーたちと伍して戦えるのだと、もう一度、思えるようになりたい」と考え、リブゴルフへの移籍を決めたという。
リブゴルフからスター選手たちに支払われた巨額の移籍料は、ある意味、「キャリアの終焉を意識し始めた選手たちが人生終盤で宝くじを当てたようなものだ」と揶揄されたが、肉体的限界を感じて自信が低下していたケプカにとっても、移籍に伴うビッグマネーは大きな魅力だったに違いない。
しかし、ケプカが移籍を決断した何よりの理由は、そこに集結する世界のトッププレーヤーたちとハイレベルな戦いをすることができるという環境に対する魅力だった。
もちろん、そこに世界ランキングのポイントが付与されることも、ケプカは信じて疑わなかった。
そして、心機一転、リブゴルフで戦い始めたケプカは、その通り勝利を挙げ始め、さらに23年には全米プロを制して4年ぶりのメジャー優勝を果たした。
失いかけていた自信を取り戻したら、かつての強気やストレートな物言いも戻ってきた様子で、23年に弟チェイスがシード落ちしてリブゴルフから去った頃からは、ケプカはリブゴルフに対する不満を口にするようになった。24年には米メディアのインタビューの際に、こんな言葉を吐いた。
「リブゴルフは、なるべき姿になる予定から大きく遅れている」
“なるべき姿”とは、リブゴルフが世界ランキングの対象ツアーとして承認されることを指していた。OWGR(オフィシャル・ワールドゴルフ・ランキング)からはいつまでたっても承認されず、世界ランキングが下降していくことは、ケプカにとっても不安と焦りにつながっていた。
その挙句に、25年は初めて勝利が挙げられないシーズンとなり、メジャーでは4大会のうち3大会で予選落ちを喫した。
その結果、彼の不安と焦りは一層高まり、それがリブゴルフに対する不満を押し上げたのではないか。「リブゴルフにいると自分のゴルフが低下する」「このままでは自分はダメになる」と感じたのではないか。そうした感情がケプカにリブゴルフ脱退を決意させたのではないか。
大方の米メディアは、そう見ている。
リブゴルフに最後に出場したときから1年間は出場停止
これからケプカは、どこで何をするつもりなのか。代理人の声明では「家族と過ごす」とされているが、それが「引退」「半引退」を意味しているとは考えにくい。
ケプカは23年全米プロ優勝により、全米プロには生涯出場することができ、他の3つのメジャー大会にも27年あるいは28年大会まで出場可能である。メンバーシップを保持しているDPワールドツアーへのカムバックも可能。PGAツアーのメンバーシップも、もちろん有している。
だが、PGAツアーにカムバックの意思を伝えたとしても、「リブゴルフに最後に出場したときから1年間は出場停止」というペナルティーが課せられ、サスペンションは26年8月までの1年間となる。
その1年間をケプカは「家族と過ごす」という形にして出場停止のペナルティーが解ける日を待ち、27年シーズンからPGAツアーに復帰する筋書きなのだろうと、米メディアは見ている。
米ゴルフ界の識者と呼ばれる人々からは「リブゴルフを選んだことは過ちだったことをケプカが認めた」という声が聞かれる一方で、「シェフラーやマキロイらのサクセスを傍目にして、そういう活躍がリブゴルフではできないことを、ケプカはようやく悟った」と見る向きもある。
いずれにしても「PGAツアーこそが最も素晴らしいツアーであることをケプカが示してくれた」と喜び交りで評価しているのは、元PGAツアー選手で、現在はTV中継などで活躍しているゴルフ解説者のブランデル・シャンブリー氏だ。
「リブゴルフの不安定さが露呈した」「ケプカがPGAツアーに戻ってくれば、縮小しかけているPGAツアーにとって大いにプラスになる」等々、ケプカのリブゴルフ脱退を好意的に受け止める意見は、あちらこちらで聞かれている。
そして、PGAツアーがケプカの決断を称える声明を早々に発したことは、シャンブリー氏が指摘している通り、リブゴルフから離脱を決めたことがPGAツアーの評価や存在感を高める形になったケプカへの謝意を示したと受け取れる。
とはいえ、PGAツアーに背を向けたケプカは、PGAツアー選手たちからは「到底受け入れられないだろう」とも言われている。だが、もともとマイペースで群れないタイプのケプカにとって、そのあたりのことは、あまり気にならないのではないだろうか。
ケプカ自身からは、PGAツアーへのカムバックに関しては言及も発表も今のところは一切ないが、ケプカがPGAツアーに戻ってくることを、多くのファンと関係者が心待ちにしていることは確かである。
文・舩越園子
ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学客員教授。東京都出身。百貨店、広告代理店に勤務後、1989年にフリーライターとして独立。1993年に渡米。在米ゴルフジャーナリストとして25年間、現地で取材を続け、日本の数多くのメディアから記事やコラムを発信し続けてきた。2019年から拠点を日本へ移し、執筆活動のほか、講演やTV・ラジオにも活躍の場を広げている。
最新の記事
pick up
-
長い間、“激スピン”が続く! 本間ゴルフの新作「HONMA WEDGE」が変える「選びやすさ」という価値<PR>
-
西村優菜と共同開発! 理想の高弾道とスピンを実現した「QUANTUM MINI SPINNER」がついに発売!<PR>
-
「上達志向ゴルファーに最適解!」 “飛んで止まる”テーラーメイドのNew「ツアーレスポンス ストライプ」登場<PR>
-
ゴルフ初心者でも参加OK!三浦桃香にも会えるコンペ開催「GOLF FUN FESTA 2026」by CURUCURU&ゴルフのニュース ゴルフコンペ参加者募集中
-
累計販売本数は1000万本を突破“日本シャフト”あなたのアイアンを覚醒させる『選ばれ続けるシャフト』
ranking











