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- キャディーの父は“元韓国ツアープロ”「私が果たせなかった夢を…」 パク・ヒョンギョンを育てた父娘の約束
「EARTH MONDAMIN CUP」で日本ツアー初優勝を遂げたパク・ヒョンギョン。そのバッグを担いだ父・パク・セス氏は、かつて韓国男子ツアーでプレーした元プロゴルファーだ。父ならではの育成論と、親子二人三脚の歩みを振り返った。
8歳の7月31日「お前のゴルフ誕生日だ」
◆国内女子プロゴルフ 第16戦
EARTH MONDAMIN CUP 6月25~28日 カメリアヒルズCC(千葉県) 6699ヤード・パー72
「こんな大きな大会で優勝できたのだから、もちろん気分はいいですよ! これから日本で会えますね」
笑顔でそう語るのは、パク・ヒョンギョンのキャディーを務めた父のパク・セス氏。娘と二人三脚で韓国ツアーを戦ってきた。
実は韓国男子ツアーでプレーしたプロゴルファーだ。1997年から韓国男子2部ツアーでプロプデビューし、2000年から1部ツアーでプレー。03年に現役を引退した。

「優勝したのは2部ツアーの1回だけ。私が果たせなかった夢をかなえてほしくてね」
引退後、練習場を運営していたパク・セス氏には、長男と娘のパク・ヒョンギョンの2人の子どもがいた。もちろんゴルフをさせる気で満々。
「長男にはゴルフを教えようと思って最初はキャディーをやらせたんだけれど、夜にトレーニングジムに通い始めてね……。結局、職業を変えてしまった」
そうなると、狙いは娘しかいない。
「5歳から8歳になるまで心臓の強さ、運動神経、根性、体格は小さすぎないかなど、すべてチェックしました。でもそれが悪くなかった。これならしっかりと運動をさせてもいいだろうと思って、『8歳の7月31日がお前のゴルフ誕生日だ』って伝えて、そこから本格的にゴルフを始めさせました」
一方のパク・ヒョンギョンも、ゴルフを始めたころをよく記憶している。
「私がルーキーの時からいつも一緒にやってくれていて、8年間も一緒にツアーで戦っています。当然ケンカしたことも多かったですし、意見の食い違いもたくさんありました」
「娘にはアメとムチをうまく使い分ける」
二人三脚の歩みは決して平坦ではなかったが、そこには元プロである父だからこその計算と、娘への深い愛情があった。途中で2回ほど、父以外のプロキャディーにバッグを任せてみたこともあったという。しかし、結果はどちらも惨敗だった。
「他のキャディーにお願いしたときは、不思議と一度も優勝できなかった。それで結局、私がまた戻ることになってね。やっぱり、私が一番合うんだと思う」
実際、韓国ツアー通算8勝は父がバッグを担いだ試合。そして今大会も、父とともに優勝を手にした。
「これで9勝目だ」と笑うパク・セス氏に、娘をトッププロへと導いた秘訣を尋ねると、「アメとムチをうまく使い分けること」という答えが返ってきた。
「ダメなときは『大丈夫、よくやってるよ』と声をかけるけれど、あまりに調子が良くて天狗になりそうなときは、『ここがまだ問題だ、あそこが問題だ』とあえて厳しく言う。時には娘の不満をすべて受け止めて、落ち込んでいるときは気分を盛り上げる。そうやって常に感情のバランスを調節してあげるのが、父親である私の役目です」
「娘は優勝して面白さを覚えた」
ジュニア時代は「強く、厳しく育てた」と振り返るが、その厳しい練習に娘が耐えられたのは、ゴルフの楽しさを誰よりも早く知ったからだった。最初の大会でいきなり上位入賞を果たすと、その後はトントン拍子で優勝を重ねていった。
「最初の大会で結果が出たから、本人のスイッチが入った。もし、予選落ちばかりでガッカリして帰るようなスタートだったら、やりたくなくなっていたでしょう。でも、行く先々で優勝するから面白さを覚えた。『私、やればできるんだ』ってね。周りからも一目置かれるその味に、娘自身がハマっていったんです」
近年、韓国ツアーで勝利から遠ざかり、今季も2度の準優勝とあと一歩のところで勝利を逃していたパク・ヒョンギョン。焦りや苦しい胸の内をそばで見守ってきた父だからこそ、今回の日本での劇的な復活劇には感慨もひとしおだ。
「日本での大会は環境も本当に素晴らしいし、ギャラリーの皆さんも本当に好意的に迎えてくれる。娘もその最高の雰囲気に、少し浸っている感じはなきにしもあらずですね」
現時点で日本ツアーへの参戦だが、「韓国ツアーもあるので、当面は行き来になると思います」と語る。
父のサポートを受け、大好きな日本の地で最高の笑顔を咲かせたパク・ヒョンギョン。父娘の夢を乗せた挑戦は、これからも強い絆とともに続いていく。(千葉県袖ケ浦市/金明昱)
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