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- 東日本大震災を機に始めたゴルフ 倉林紅が家族とつかんだ初優勝
宮城県出身のルーキー・倉林紅(くらばやし・こう)が、国内女子ツアー「資生堂・JALレディス」で初優勝を達成した。その原点には、東日本大震災を機にゴルフを始めた家族との歩みと、父から教わり続けた「私は絶対にできる」という言葉があった。
優勝を支えた「私は絶対にできる」の言葉
◆国内女子プロゴルフ
資生堂・JAL レディスオープン 7月2~5日 戸塚カントリー倶楽部 東コース(神奈川県) 6487ヤード・パー72
首位と3打差から出た宮城県出身のルーキー倉林紅が最終日に「67」をマークし、通算12アンダーで史上最多7人によるプレーオフを制してツアー初優勝を飾った。
優勝を支えたものの一つが、父・大作さんから教わった“言葉”だった。人材育成の仕事に携わる父からは、苦しい場面で自分を奮い立たせるアファメーションを教わってきたという。

「私は絶対にできる。今の自分に満足する私じゃない。もっともっとすごい自分を見せてやる」
緊張した場面や気持ちが沈みそうな時には、この言葉を心の中で繰り返してきた。この日も「絶対にできると言い聞かせていました」と明かし、その積み重ねがプレーオフでも平常心につながった。
今大会は父がツアーで初めて1週間帯同した。「ずっと帯同したかったんですけど、私が正直ちょっとNGって言ってて(笑)。『もうパパ嫌だ』って言っていました」と笑わせながらも、「楽しみながらやってこい」という父の一言が背中を押したという。
一方で、これまで帯同してきた母への感謝も口にした。「いいことも悪いことも全部受け止めてくれる存在」と話し、「ゴルフのルールもあまり詳しくないけれど、良かったところだけを純粋に褒めてくれる。それがまた明日も頑張ろうという気持ちになれる」と存在の大きさを語った。
倉林がゴルフを始めたのは2011年の東日本大震災がきっかけだった。自宅にも被害が及ぶ中、両親から「夢を持って新しいことに挑戦していこう」と背中を押され、クラブを握った。「その目標も一番に果たすことができてすごくうれしい」と、宮城県勢初優勝という期待にも応えた。
「ゴルフを通してたくさんの方に夢や感動を与えられるプレーヤーになりたい」と、幼い頃から思い描いてきた夢は変わらない。
21歳のルーキーは、大きな一歩を踏み出した。(横浜市旭区/藤森大輔)
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