白杖と同じ役割を果たしているシャフト
視覚に障がいのある人が、つえを左右に突きながら歩いてる姿を見かけたことがある人は少なくないでしょう。このつえは「白杖」と呼ばれるもので、全盲の人から、はっきりは見えないがぼんやりと見える弱視者の人まで、安全に外を歩くための道具として活躍しています。

白杖には大きく分けて2つの役割があります。一つは周囲の安全確認です。進行方向に障害物や歩行者がいないか、白杖で叩いたり地面をスライドさせることで状況を確認しています。
次に、周囲に視覚障がい者であることを知らせることです。視覚障がい者であることを知らせることで、周囲の人たちもぶつからないような行動を取ることができます。これは、お互いがぶつかってケガをしないようにするためであり、自分の身を守る役割も兼ね備えています。
そんな視覚障がい者にとって必需品の白杖が、ミズノ株式会社からゴルフクラブの「シャフト」に使用されているカーボン技術を応用して誕生しました。この白杖「ミズノケーンST」は世界的に見ても初めての商品であり、大きな注目を集めています。
シャフトとは、ゴルフクラブのヘッドとグリップをつなぐ棒状の部分を指し、スイング時にしなりを使ってボールを飛ばす役割があります。重さや硬さなど、自分に合ったシャフトを選択することで、打球の方向性が安定したり飛距離が伸びたりするので、クラブを購入する際に必ず確認すべきポイントです。
では、ゴルフクラブのシャフトと白杖には、どのような共通点があるのでしょうか?
実際に「ミズノケーンST」の開発プロジェクトを提案し、開発に取り組んだメンバーの1人である、ミズノ株式会社営業統括本部営業統括部・長谷川知也氏は以下のように話します。
「一般的に白杖には『軽さ』『振りやすさ』『丈夫さ』が求められます。しかし、実際に視覚障がい者の方とお話をする中で、現状の白杖には課題が多くあることを知りました。特に、軽さと耐久性の部分に課題を感じたので、どうすれば解決できるのか、試行錯誤を繰り返した末に行き着いたのが、ゴルフの『シャフト』でした」
「ゴルフクラブのシャフトにも白杖と同様の役割が求められていますし、弊社のカーボン技術はさまざまな商品に応用されているので、白杖にも利用できると考えたのがきっかけです」
つまり、白杖に必要な役割とゴルフクラブのシャフトに必要な役割には類似点があり、カーボン技術を追求してきたからこそ、商品化に成功できたというわけです。また「ミズノケーンST」は、グリップにもゴルフの技術が応用されていると言います。
「ミズノのゴルフクラブで使っているものを兼用しています。一般的に、市場に出回ってる白杖のグリップは、パターグリップのような形状のものが多いのですが、弊社は楕円(だえん)形のものを採用しています」
「ゴルフで使用するグリップのように、人それぞれ好みがあるので一概には言えませんが、弊社としては持ちやすさを追求していく中で、丸い形に落ち着きました」
ゴルフのグリップに人それぞれ好みがあるように、当然ながら白杖を使用する人にもグリップの好みがあります。グリップに関しても、日頃から研究を重ねているからこそ、最善のものを白杖に備え付けられたと言えるのです。
スポーツで培った技術や知見を展開
このように、メーカーが培ってきた技術を、他の商品に応用するケースは多く見受けられます。ゴルフクラブと白杖では市場の大きさが違うので、どうしてもプレーヤーの多いゴルフクラブのほうが、技術的な発展が進みやすいと考えられるでしょう。
しかし、「スポーツで培った技術や知見を他の市場で展開することは可能です」と、ミズノの担当者は話します。
実際に「ミズノケーンST」を使用した視覚障がい者の人からは、「自分の体と一体化している気分」「デザインがおしゃれ」といった感想が寄せられているそうです。
白杖のように、一般的に使用する人が少なく、何かしらの課題を抱えている商品は他にも多く存在しています。そのような課題に対して、メーカーがどのように取り組んでいるのか注目してみると、社会に対する企業の貢献度が見えてくるかもしれません。