つらくて苦しいトレーニングは前時代のもの
プロゴルファーをはじめ、さまざまな競技のトップアスリートが“肺活”トレーニングを取り入れているようです。今回はそのなかから、ゴルファー共通の願いである飛距離アップを可能にする“肺活”マッサージをご紹介しましょう。

その前に「“肺活”って、なに?」というゴルファーのみなさんへ、医学博士・末武信宏氏(さかえクリニック院長)にトレーニング法の概要を説明してもらいました。
末武先生は、順天大学医学部非常勤講師としてスポーツ医学・自律神経の研究に携わるなかで“肺活”トレーニング・ストレッチ・マッサージを開発。“肺活”という呼び方は「肺の働きをよくすることで血流をよくして、全身を活性化させ、肺機能だけでなく呼吸法により自律神経機能も向上させる」意味合いを含んでつけられた造語です。
医学とスポーツ両方の理論に基づいて研究・開発されたトレーニング法なら「高い効果がありそう」と期待したくなりますが、一方で「一般ゴルファーには負荷が高く、つらかったり苦しかったりして、ついていけないのではないか」など不安を感じます。費用や時間がかかるのではないか、心配にもなりますが、どうなのでしょうか。
いくつかの不安について、末武先生は次のように答えてくれました。
「つらくて苦しいトレーニング法は、ほとんどが前時代のものですよ。トレーニング・ストレッチ編でもお話ししたように、“肺活”の大きな特徴は、体への負担が少なく、器具を必要としないことです。汗だくになったり、息が上がったり、メニューをこなすことさえ難しいような動きは一切ありません。それでいて器具も使いませんから、いつでも、どこでも、誰でも、お金をかけず、短時間で行えて効果があるのです」
「特に、今回ご紹介する“肺活”マッサージは、肺の働きに直接かかわる部位をほぐすので、筋肉の緊張がとれ、集中力が高まり、ゴルフのパフォーマンスに即効性があります。一般ゴルファーにこそ取り入れていただき、呼吸が楽になること、身体の連動性が向上してスイングがスムーズになることを実感してほしいですね」
肺の働きをよくするには、具体的にどのようなストレッチやマッサージをしたらいいのでしょうか。
「人は呼吸によって生命活動を維持しています。少し専門的になりますが、息を吸うことによって肺胞に入った酸素を血中に取り入れ、息を吐くことで二酸化炭素を排出する“ガス交換”を24時間、絶えず行っているのです。肺の働きがよいほど酸素の摂取量が増え、ガス交換がスムーズになって血流が良くなり、体の隅々にまで酸素や栄養が行き渡ります。そのためには、胸郭の動きをよくして呼吸筋を鍛え、肺の面積を広げる。つまりガス交換の面積を広げることによって肺の働きを活発にすることが大事です」
より多くの酸素を取り込むために肺の働きをよくするのが、肺活マッサージというわけです。
「ここぞ!」のショット前には首筋の“胸鎖乳突筋”をほぐす
とはいえ、肺に直接触れたり肺をほぐしたりすることはできません。どのようにマッサージするのでしょうか。
「大きな呼吸をすることによって、より多くの酸素を取り込む。これが“肺活”の第一の目的です。ただ実際は、息を長く吐きすぎると筋肉は緊張してしまいます。大きな呼吸をしても筋緊張をしないようにするには、まず吸気のときに働く首の筋肉を緩める必要があります。首の筋肉が緊張して硬いと“心拍変動”が小さくなってしまうからです」(編集部注/人は息を吸うとき心拍が早く、息を吐くとき心拍が遅くなる。両者の心拍数の差を“心拍変動”あるいは“ゆらぎ”といい、“心拍変動”が大きいほど自律神経の調整能力が上がり、スポーツやさまざまなパフォーマンスにおいて高い集中力を発揮できるとされる)
「そこでプレー前やプレー中、“ここ一番”というショットの前こそ肺活マッサージが有効になります。肺活マッサージで頸部の筋肉を緩めることによって胸郭を広げると同時に、深呼吸を行ないましょう。心拍変動が大きくなってよけいな力が抜け、気持ちが落ち着き、集中してショットを打つことができますよ」
また肺活マッサージによって飛距離が伸びるのには、医学・解剖学からみた裏付けがあるといいます。
「ほとんどのゴルファーは、スイングの中心は(左)肩だと思い込み、『(左)肩からテークバックを上げる』『肩を回す』といったイメージでクラブを振っているのではないでしょうか。しかし、実はそうではない。左右の鎖骨を外側から内側へ向かって指でなぞっていくと、首の真ん中あたりに鎖骨内側のへこみがありますね。解剖学的にいうと、ここがスイングの中心といえます。左肩~左腕~クラブを一本にしてスイングするのと、鎖骨~左腕~クラブを意識してスイングするのとでは、クラブヘッドが描く円弧の大きさがだいぶ違ってきます。当然、鎖骨からクラブを振っていく方がスイングの半径が大きいため、より大きな遠心力を得られ、ヘッドスピードが上がるから飛距離が伸びるのです」
「それには頸部、とりわけ鎖骨の上と“胸鎖乳突筋”をよくほぐすことが重要です。あまり聞きなれないかもしれませんが、“胸鎖乳突筋”は、両耳の後ろから鎖骨の内側へ斜めにつながる筋肉です。体を正面に向けて顔だけ左へ向けてみてください。右耳のうしろから鎖骨内側へ向かって筋が浮かぶように筋肉が出っ張りますね。それが右の胸鎖乳突筋です。反対に、顔を右へ向けると左耳の後ろから鎖骨内側に向かって斜めに出っ張る筋が、左の胸鎖乳突筋です。この起始部と停止部、つまり胸鎖乳突筋を始まりから終わりまで満遍なくほぐすことにより、首の動きが良くなって胸郭が広がります。たくさん酸素を吸い込めるので、心拍変動も大きくなるのです」
肺活マッサージのポイントは、まず胸鎖乳突筋をほぐすことだと末武先生は説明します。首の筋肉をほぐすことは、プレー前やラウンド中はもちろん、デスクワークの合間に行なうマッサージとしても有効といえそうです。
肺活トレーナーの五十嵐憲文さんの写真とアドバイスに沿って、さっそく今日から5つの肺活マッサージを実行してみましょう。
1.胸鎖乳突筋のマッサージ(起始部)/耳の後ろから鎖骨の内側まで斜め前方に向かってよくほぐす

ベンチやカートがあれば座って行いましょう。ティーイングエリアなど平坦な場所で軽く足を広げ、立って行っても構いません。いずれの場合も胸を張って背中を伸ばし、視線を正面よりやや上へ向けて胸鎖乳突筋を伸ばした状態にします。左右の耳の後ろにある骨の出っ張りのすぐ下に人差指、中指、薬指の3本を当て、軽く圧迫しながら、ゆっくり前回し、後ろ回しを10回ずつ行います。
2.胸鎖乳突筋のマッサージ(停止部)/首の動きがよくなることでクラブをスムーズに振れる

1.のマッサージに続き、セットで行います。左右の鎖骨の最も内側で、かつ鎖骨のすぐ上に人差指、中指、薬指の3本を当てます。指の腹で軽く鎖骨のすぐ上を押さえ、ゆっくり静かに呼吸をしながら内側に向かって10回、外側に向かって10回まわしましょう。
3.胸郭マッサージ(叩く)/肋間筋への刺激により胸郭周辺の筋膜を緩める

ベンチやカートがあれば座った姿勢で、なければ足を肩幅に広げて立ち、リラックスして行います。手を軽く握って左右の鎖骨下に当て、握りこぶしで胸の前面を10秒ほど叩きます。続いて体の側面(ワキの下)、背中(腰の上)をそれぞれ10秒叩きます。胸~側面~背中と、叩く場所を変えながらトータル1分間繰り返します。
4.胸郭マッサージ(さする)/「痛気持ちいい」力加減で胸郭周辺の筋肉をほぐす

両足を肩幅程度に開いて立ち、胸を張り、両手のこぶしを胸の前に当てます。胸を左右にこすって胸の前面をさすりましょう。強すぎず、やさしすぎず、「痛気持ちいい」くらいの力加減がベター。硬く固まった筋肉がほぐれると胸郭の可動域が広がり、呼吸がしやすく、クラブをスムーズに振りやすくなります。同様に、握りこぶしを体の側面に当てて上下にさすります。各部位20~30秒でOK。
5.小胸筋をさする/筋膜を整えるイメージでソフトに丁寧にさする

左手のひらを鎖骨の上に当て、肩から胸にかけて5~8往復程度ゆっくりソフトにさすりましょう。肩を揉むような強い力を加えるマッサージは、筋肉を破壊してしまうためNGです。筋肉を覆っている薄い膜を整えるようにやさしく、あるいは自分が着ているボディースーツのシワを伸ばすようなイメージで、丁寧にさすることが大事です。反対側も行いましょう。
取材協力/(株)ジャパンゴルフマネージメント
【解説】医学博士 末武信宏(さかえクリニック院長、順天堂大学医学部非常勤講師)

社団法人先端医科学ウエルネスアカデミー(AMWA)副代表理事、トップアスリート(株)代表取締役。第88回日本美容外科学会会長をつとめ、日本美容外科学会認定専門医としてアンチエイジング診療を行なうかたわら、プロゴルファー、プロ野球選手、オリンピック日本代表選手、格闘家、トップアイドルなどのトレーニングやコンディショニング指導など多方面で活躍している。http://www.n-suetake.com/
【トレーニング指導】五十嵐憲文(健康管理士/肺活チーフトレーナー)
AMWA認定トレーナー、トップアスリート(株)スポーツ医学研究開発部部長。順天堂大学体育学部(現・スポーツ健康科学部)卒。学生時代は陸上選手として活躍し、25歳で現役引退後はトレーナーに転身。ジュニアから高齢者、トップアスリートまで、幅広くトレーニングとコンディショニングの指導を行なっている。日本で数少ない肺活トレーナーの一人として活躍中。http://topathlete.co.jp/haikatsu/