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遅咲き全英王者が優勝後に見せた大胆行動とは? プレーもパフォーマンスも思い切りがいいライアン・フォックスの流儀
37歳でPGAツアーにたどり着いた遅咲きのライアン・フォックスが39歳で初のメジャータイトルを獲得した。小気味のいいプレースタイルで好感を抱かせた全英王者がとった優勝決定後の大胆行動とは?
「バンカーから逆方向にしか出せないと、すぐに判断した」
全英オープンを2位に1打差で制し、大会初制覇、メジャー初優勝を挙げたニュージーランド出身の39歳、ライアン・フォックス。
若年化に拍車がかかる昨今のゴルフ界では、エリートジュニア出身選手の活躍がめざましいが、そんな中、30歳でDPワールドツアー参戦を開始し、37歳でPGAツアーにたどり着き、39歳でメジャー初制覇を果たしたフォックスは、ある意味、異端の存在と言っても過言ではない。
自己流で身に付けたフォックスのスイングは、なかなか個性的で、独特である。アマチュアが手本とすべきテキストブックスタイルのスイングではないことは、素人目にも分かるはずである。

しかし、そのスイングから放たれるアイアンショットの精度はきわめて高く、プレッシャーがかかっていたはずの最終日の優勝争いでも、ピンそばにピタリとつける鋭いショットを何度も披露した。
上がり6ホールで4バーディーを奪った際も、13番ではピン4メートル、16番ではピン3メートル、そして最終18番ではピン3.5メートルと見事にとらえ、アイアンで作り出したチャンスを、次々にパターでモノにしていった。
そんなアイアン&パターの優れたコンビネーションは、彼の思い切りのいいプレーぶりと並び、誰よりも際立っていた。
パー3の15番ではボギーを喫したが、「バンカーから逆方向にしか出せないと、すぐに判断した。ボギーで収めることができて、それが僕を優勝争いにとどまらせてくれた」。
勇気ある判断でナイスボギー。切羽詰まった状況下で冷静な対応ができたことも、日頃から積んできたハードワークと世界各国で重ねてきた転戦経験の賜物だった。
「最終18番は175ヤードを9番アイアンで打った。打った瞬間、思い通りに打てたと感じた。そして『どうかピンについてくれ』と祈りながら、ボールの行方を見守った」
今週、フォックスのSGP(ストロークス・ゲインド・パッティング)はフィールド内で堂々1位だったが、それでも「沈めれば優勝、外せばプレーオフ」となる3.5メートルのバーディーパットは「手が震えた」という。
しかし、絶対に諦めない、絶対に勝ちたいという熱い思いが伝わったかのように、フォックスのボールはカップ左フチからコロリと沈み、彼の勝利が決まった。
父から叩き込まれた「ハードワーク」は、フォックスにとってはキャリアと人生のキーワードであり、それが今大会の勝利のカギになった。
「勝ったら赤ワインを注いで飲むと決めていた」
スコアカード提出後、スコアリングテントの片隅に座ったフォックスは、スマホを取り出し、米フロリダ州の自宅で待つ愛妻と2人の子どもたちと、ビデオ通話を始めた。
「ダディ!ダディ!」と大はしゃぎする長女の甲高い声が耳に入ってきた。
「昨夜も、妻と子どもたちとビデオ通話で話をして、子どもたちから『ダディ、明日トロフィーを持って帰ってきてね』と言われていた。約束通り、クラレットジャグを家に持ち帰ることができる。それが何よりうれしい」
なかなか芽が出ない遅咲きのキャリアを地道に歩んできたフォックスは、父の教えを胸に刻んで鍛錬を重ね、10度目の出場となった今回の全英オープンでは、子どもたちとの約束を果たそうと必死に戦った。
才能よりハードワーク。賞金やポイント、見栄や意地より、子どもたちのため、家族のために戦った戦士は、決してスマートな出で立ちではないが、クラレットジャグを掲げた姿は、とてもダンディーでカッコ良かった。
何よりの圧巻は、クラレットジャグを掲げたポーズでの写真撮影がまだ終わってもいないうちに、大好きな赤ワインをクラレットジャグにじゃぶじゃぶと注ぎ込んだフォックスの大胆な行動だった。
「勝ったら赤ワインを注いで飲むと決めていた。でも、まだ撮影があるからということで、せっかく注ぎ入れた赤ワインを一旦外に出すことになった」
プレー中も、プレー後も、最後の最後まで迷いがなく、思い切りのいい行動。
素敵なチャンピオンが誕生した。(舩越園子/ゴルフジャーナリスト)
舩越園子(ふなこし・そのこ)
ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学客員教授。東京都出身。百貨店、広告代理店に勤務後、1989年にフリーライターとして独立。1993年に渡米。在米ゴルフジャーナリストとして25年間、現地で取材を続け、日本の数多くのメディアから記事やコラムを発信し続けてきた。2019年から拠点を日本へ移し、執筆活動のほか、講演やTV・ラジオにも活躍の場を広げている。
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