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「世界一美しいスイング」と絶賛された男はなぜ米ツアーから去ったのか 中嶋常幸“日本人初1億円プレーヤー”誕生秘話【小川朗・後世に残したい記憶】
1985年、日本人初の賞金1億円プレーヤーとなった中嶋常幸(なかじま・つねゆき)。“世界一美しいスイング”と称賛された裏には、数ミリ単位のスイング改造やパター改造、そして世界と戦い続けた苦悩の日々がありました。
劇的勝利から始まった1985年の快進撃
1985年、日本ゴルフ界に初の“1億円プレーヤー”が誕生しました。主役となったのは、当時31歳の中嶋常幸(当時は中島)です。
6月の「よみうりサッポロビールオープン」(よみうりCC)で優勝した中嶋は、続く「関東プロ」(伊豆にらやまCC)でもドラマを演じます。トップで迎えた最終日の17番で痛恨のOBを叩き、優勝は絶望視されましたが、最終18番で逆転イーグルを奪取。ここから怒涛の快進撃が始まりました。
その後も「日本オープン」(東名古屋CC)、秋のビッグトーナメント3連戦初戦「太平洋クラブマスターズ」(太平洋C御殿場C)で、一度は逆転されながらもプレーオフ勝ち。そして翌週の「ダンロップフェニックス」(フェニックスCC)で、中嶋は再び世界の強豪と激突することになります。

大会最終日、中嶋はトータル11アンダーの単独首位。2打差の2位には、“スペインの星”セベ・バレステロスがいました。1981年以来4年ぶりとなる直接対決に、会場の熱気も一気に高まります。
10番までに3バーディー、1ボギーとした中嶋は、リードを3打差へ広げます。しかし、全英オープン2勝、マスターズ1勝を誇る世界屈指の名手・バレステロスも簡単には引き下がりません。12番でバーディーを奪い、差を2打に縮めると、続く13番で中嶋に強烈なプレッシャーをかけます。
ところが、その13番パー4で中嶋は残り68ヤードの第2打をアプローチウェッジで直接カップイン。圧巻のイーグルで再びバレステロスを突き放しました。後年、中嶋はこの一打について「『今日のオレは違うぞ』というところを、セベに見せられた乾坤一擲の一打だった」と振り返っています。
“セベ伝説”が変えた中嶋のゴルフ観
もっとも、中嶋は最後まで気を抜いてはいませんでした。というのも、1981年の「ダンロップフェニックス」で見せつけられた“セベの伝説”が脳裏に焼き付いていたからです。
「1981年の林の中からの第2打のようなスーパーショットができるのがセベ。日本選手と違って、計算以上のショットをしてくるから」
1981年大会の12番、バレステロスは左の松林へ打ち込みながら、わずかな隙間を5番アイアンで打ち抜き、OBゾーン上空から急激にフックさせてグリーンオン。この“伝説の一打”は、中嶋に強烈なインパクトを残しました。
さらに、この大会では“レイアップ論争”も起きていました。最終18番パー5で、中嶋が2打目を9番アイアンで刻み、3打目勝負を選択したからです。結果的にバレステロスに敗れたことで、「なぜ攻めなかったのか」という議論が巻き起こりました。
当時、バレステロスは「トミーが、あそこで刻んでどうする」と発言。イーグルを狙うべきだったというのが世界王者の考えでした。しかし、中嶋には中嶋の哲学がありました。
「何百分の一の確率でイーグルを取りにいって、仮にバーディーでもセベがパーなら勝てない。自分がレイアップして3打目をピッタリ寄せればバーディーの可能性もある。セベが2オンを狙っていって、そこからボギーになる可能性もゼロじゃない。戦うのはコースなんだ」
そして、この経験こそが、自身のゴルフ観を形作ったと語っています。
「そういう“コースマネジメントに徹する原型”を作ってくれたのが、1981年のこの大会だった」
17番“目玉”で確信した勝利
1985年大会最終日、中嶋を最後まで苦しめたのは17番パー3でした。この日は前半3日間とは逆風になっており、ショットはガードバンカーのアゴに突き刺さる“目玉”の状態になってしまいます。
「4番アイアンで打ったら、アゴのところに突き刺さって目玉になっていた。でも、これをボギーで切り抜けられて、勝利を確信したね」
そして、中嶋は笑いながらこう続けています。「18番は、それこそ刻めばいいんだと」
最終18番。かつて批判を浴びた“レイアップ”を再び選択した中嶋は、バレステロス、陳志忠に3打差をつけて逃げ切り、ついに日本人初となる「ダンロップフェニックス」制覇を成し遂げました。
「世界一美しいスイング」の原点

この勝利は世界中へ配信されました。「ダンロップフェニックス」は“日本に世界基準の大会を”を掲げ、海外メディアも取材に訪れる国際大会へと成長していましたが、日本勢は第1回大会から1984年まで11年連続で敗北。海外勢の壁は極めて厚かったのです。
その歴史を打ち破った中嶋は、この年、日本人初の賞金1億円プレーヤーにも到達。さらにバレステロスは、中嶋のスイングを「世界で5本の指に入る美しいスイング」と絶賛しました。
中嶋自身は、その要因を「ドライバーとパッティング」だったと語っています。「ドライバーはね、クラブヘッドを浮かしてアドレスしてスイングする。それによってバックスイングが入りやすくなった。初動がうまくいけば、後半は楽になる。(地面にソールを)くっつけて上げると、芝の抵抗を受けるから上げにくいんだ」。このヒントは、ジャック・ニクラウスやバレステロスの映像分析から得たものでした。
「79年頃かな。穴が開くほど見たニクラウスのビデオで、クラブをフッと浮かしているのを見ていた。その時はそこまで気にしていなかった。でも80年にセベが優勝したマスターズを見ていて、バックスイングのダイナミックさと軸の強さを見て、『これなんだろうな』と思った」
さらに、デビューしたばかりだった倉本昌弘がクラブを浮かせて構えている姿をたまたま見たことで、すべての点が線につながったといいます。「いろんな記憶が一気につながって、『ソールを浮かしてみよう』と思ったんだ」。
“2インチ”のパター改造
一方で、中嶋は「ショットが良くなっても、それだけではスコアは作れない。パットに不満があったんで、それまで35インチだったパターを37インチにしたんだ」と、パッティングにも大胆な改造を施しました。
しかし、単純に長くしただけではありません。シャフトが長くなることで全体重量やバランスが変化するため、軽量シャフトへ交換する工夫も加えました。
「シャフトが長くなるとクラブ全体が重くなるし、柔らかくなるし、バランスも上がっちゃう。だからエクサゴールドのシャフトを入れて軽くした。そうすると“五角形”を意識しやすいんだ」
アイアンでパットを試した感覚もヒントになったといいます。「ヒジを曲げて近くに構えたら、それをパターにも応用できるんじゃないかと思った」。この改造によって、中嶋は再び安定して優勝争いを演じるようになっていきました。
米ツアー挑戦と突然の異変
1986年には「マスターズ」で8位、「全英オープン」でも最終日最終組を回って8位。翌1987年にはフロリダ州ベイヒルクラブ近くに自宅を購入し、本格的な米ツアー挑戦へ踏み出します。しかし、その一方で、中嶋は自身のスイングに違和感も抱き始めていました。
「世界一美しいスイングだと言われても、自分の中では『変だぞ、おかしいぞ』という感覚があった」
さらに時代はメタルウッドへの転換期。用具の進化への適応も求められていました。そんな矢先、1988年の「全米プロゴルフ選手権」直前、右足に激痛が走ります。
「1週間くらい前から右足の甲がチリチリ痛んでいて、出発前日に激痛が走った」
当初は原因不明でしたが、帰国後の精密検査で判明した病名は“痛風”でした。結果的に長期離脱を余儀なくされ、米ツアー挑戦も次第に終焉へ向かっていきます。
世界が認めた“トミー中嶋”
後年、中嶋はフロリダ生活について、「日本では友人と会食したり旅行したり、3次元の生活ができる。でもアメリカでは、コースとホテルだけの2次元の生活になってしまった」と振り返っています。
青木功、尾崎将司でも成し遂げられなかった“メジャー4大会すべてでトップ10入り”を果たし、世界トップ選手たちから「世界一美しいスイング」と称賛されたトミー中嶋。
そのキャリアの裏には、数ミリ単位のスイング改造への執念、2インチ長くしたパター改造、用具への適応、そして痛風や海外生活のストレスとの戦いがありました。
日本人初の1億円プレーヤー誕生。その輝かしい快進撃の裏には、世界と戦い続けた男の終わりなき探求心が隠されていたのです。
取材・文/小川朗
日本ゴルフジャーナリスト協会会長。東京スポーツ新聞社「世界一速いゴルフ速報」の海外特派員として男女メジャーなど通算300試合以上を取材。同社で運動部長、文化部長、広告局長を歴任後独立。東京運動記者クラブ会友。新聞、雑誌、ネットメディアに幅広く寄稿。(一社)終活カウンセラー協会の終活認定講師、終活ジャーナリストとしての顔も持つ。日本自殺予防学会会員。(株)清流舎代表取締役。
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