視聴率の差が縮まったのはPGAツアーの人気低下!?
2024年の年明けに「ゴルフ界には天変地異が起こるかもしれない」と言われていた。
それは、PGAツアーとリブゴルフを支援するサウジアラビアの政府系ファンド「PIF(パブリック・インベストメント・ファンド)」が統合に関する詳細発表を行なうデッドラインが2023年12月31日に設定されていたからで、果たしてどんな内容が明かされるのかに選手やツアー関係者の関心が集まっていた。
しかし、蓋を開けてみれば、PGAツアーのジェイ・モナハン会長は「デッドラインは延期する」と記したメモを選手たちに回し、両者の討議や交渉は24年も引き続き行われていくことになった。
結局、関係者が戦々恐々としていた天変地異は起こらず、ゴルフ界の新年は穏やかな静寂に包まれている。とはいえ、その静寂は、平穏な24年を示しているわけではない。
昨年6月にPGAツアーのモナハン会長とPIFのヤセル・ルマイヤン会長は「統合に合意した」と一方的に発表したが、あれから6カ月以上が経過した今でも、結局、PGAツアーとリブゴルフは対抗的なツアーという関係のまま、新年を迎えている。
きっと、世界中の多くのゴルフファンや関係者は「PGAツアーとリブゴルフは、今、一体どうなっているのか?」と首を傾げていることだろう。
タイガー・ウッズをはじめとするPGAツアーの理事たちは、ツアーの最善の未来を開くために討議を重ねている。だが、その内容は一切公表されていないため、現状では詳しいことは分からない。
しかし、「一年の計は元旦にあり」ということで、「TV視聴率」や「お金の流れ」というアングルから、これまでのPGAツアーとリブゴルフを眺め、双方の今後を考えてみようと思う。
米ゴルフドットコムによると、PGAツアーとリブゴルフの各々のTV視聴率の差は「徐々に縮まりつつある」という。
リブゴルフがフルスケジュールで開催された初めての年となった23年は、リブゴルフがTV中継のパートナーを得た初めての年でもあった。
リブゴルフのTV中継を行ったのは、米国のCW局だった。そもそもCWはゴルフとは無縁のTV局で、視聴者の多くはティーンエイジャーの女性たちだと言われていた。そのせいか、23年序盤のリブゴルフの大会の視聴率は地を這うほど低かった。
一方、ゴルフ中継を長年手掛けている米国のCBSやNBC、ディスカバリーやESPNをTV中継のパートナーとしているPGAツアーの視聴率は、昨年序盤は好調で、リブゴルフ中継の9倍以上の数字を記録していた。
しかし、昨年後半になると、PGAツアーの視聴率はリブゴルフの視聴率の3倍程度に留まったそうだ。
両者の差が縮まった理由は、リブゴルフの視聴率が上昇したからではなく、PGAツアーの視聴率が低下したからだという。
リブゴルフには、フィル・ミケルソンをはじめ、ダスティン・ジョンソン、ブルックス・ケプカ、ブライソン・デシャンボーといったスター選手たちが勢揃いしている。
そして、リブゴルフの試合会場に実際に足を運んで生観戦したゴルフファンの多くは「とても楽しかった」と口を揃える。
それなのに、なぜリブゴルフのTV視聴率は上がらないのかと考えたとき、思い当たることが一つある。
ファンをエンターテインすることを第一の目標に掲げているリブゴルフは、ファンを楽しませる催しや企画を試合会場で多々実施しており、おそらく来場者を満足させることはできている。
だが、そうした現場の企画はTV中継で積極的にアピールされるものではないため、現場で味わえる楽しさはTV中継の視聴者には伝わらず、さらに言えば、現場企画はTV視聴者には「関係ないもの」「興味ないもの」と考えることもできる。
だから、せっかくリブゴルフの試合会場が熱く盛り上がっていたとしても、TV中継の視聴率は一向に上がらないという現象が起こっていたのではないだろうか。
年間10億ドル支出したリブゴルフの収入はせいぜい1億ドル!?
さて、PGAツアーのTV中継の視聴率は、23年序盤は好調を維持していたにもかかわらず、シーズン後半に向かうにつれて徐々に下降した。
ゴルフドットコムによると、それでもPGAツアーには、30年までに100億ドルが投入される契約が、すでに結ばれているという。
その50%に当たる50億ドルはTV放映権料として、CBS、NBC、ディスカバリー、ESPNから支払われる。
残りの50%は、PGAツアーの大会を長年支えているフェデックス、AT&T、マスターカードといったビッグスポンサーから支払われることになっている。
一方のリブゴルフには、唯一のTV中継パートナーとして契約を結んでいるCWから放映権料が支払われているわけではない。リブゴルフとCWは放映権料が発生しない形で契約を結び、収益が得られたら「山分けする」ことになっているという。
まるで出場選手から集めたエントリーフィーを上位選手たちが山分けするミニツアーの賞金を彷彿させる契約である。
そして、両者が「山分け」する収益は、一体どの程度あったのかと言えば、22年は「ほぼゼロ」。23年は年間の支出が10億ドル前後もあったというのに、収入はフランチャイズ化された12チームのうちの2チームがなんとか獲得したチームスポンサーからの協賛金のみで、その額はせいぜい1億ドル程度と見られている。
これでは、5億ドルとも6億ドルとも推測されているジョン・ラームの移籍料もリブゴルフは自力では払うことができず、一昨年も昨年も、リブゴルフ選手や周囲に大判振る舞いしただけで、結局は大赤字だったということになる。
だが、そんな状態でもリブゴルフは24年のフルスケジュールを発表し、25年に向けて選手たちと契約書にサインも交わし始めているというのだから、果たして、これは「ビジネス」と言えるのだろうかと、思わず首を傾げさせられる。
百歩譲って22年と23年の大赤字は未来のための「先行投資」なのだとしたら、大金を支払って獲得したラームこそは、黒字に転換するためのリブゴルフの期待の星ということなのだろう。
「30年までに100億ドルの投入が約束されている」と言われるPGAツアーは、それなら経済的には安泰と思われるかもしれないが、未来永劫の経済支援が保証されているわけではない。
次々にスター選手に去られ、昨年12月に世界ランキング3位のラームにも去られたPGAツアーに、今後、スターと呼べる選手がどのぐらい残るのか。あまりにもスター不足が顕著になってしまったら、TV中継の契約やスポンサー契約を打ち切られる可能性は、もちろんある。
その意味では、リブゴルフから高額の移籍料をオファーされながらも、「僕はお金のためにゴルフをするのではない」と言い切り、誘惑をきっぱり断ち切ってPGAツアーに留まることを公言した新進気鋭の若手選手、ルードビック・アベルグの存在は、PGAツアーにとっての期待の星と見ることができる。
アベルグに倣い、若い選手たちが「お金ではない」「PGAツアーこそは僕が戦う場所だ」と言って、リブゴルフを拒絶するようになってくれることが、今、PGAツアーが何より望む理想形なのではないだろうか。
PGAツアーから去ったラームが、リブゴルフをどこまで引っ張っていけるのか。
PGAツアーから去らないことを決めたアベルグが、他選手たちのPGAツアー離れにどこまで歯止めをかけられるのか。
まずは、その2点が24年の見どころになりそうである。
文・舩越園子
ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学客員教授。東京都出身。百貨店、広告代理店に勤務後、1989年にフリーライターとして独立。1993年に渡米。在米ゴルフジャーナリストとして25年間、現地で取材を続け、日本の数多くのメディアから記事やコラムを発信し続けてきた。2019年から拠点を日本へ移し、執筆活動のほか、講演やTV・ラジオにも活躍の場を広げている。